2017-07-20 20:46

「残業代ゼロ法案」に反対する人は、何のため・誰のために反対しているの?


研究職や金融職など一部の職業において、勤務時間縛りになじまない「高度プロフェッショナル」について、成果制にして勤務時間の縛りを外す労基法改正。勤務時間が自由になるメリットがある一方、残業の概念が消えるので残業代も消滅する。

民進党など4野党らは、「残業代ゼロ法案!」、「経営者の都合で労働時間が無制限になる!」、「過労死が続発する!」などと猛反発している。もちろん人権派メディア様も大反対で、過労死遺族の悲痛な声を紹介するなどして政府を批判している。

だが、この批判は正当性を欠く。同改正法において、高度プロフェッショナル制度の対象者は極めて少ない。「年収1千万円以上」の要件があるからだ。国税庁が行った平成26年民間給与実態統計調査結果によると、年収1千万円以上はわずか3.9%である。

3.9%には、元々残業代と関係ない管理職がかなりの割合を占めているはずだ。これをさっぴいたとき、いったい何%が残るのか。で、残った人の中でさらにレアな「高度プロフェッショナル」だけが、「本人が希望した場合に限り」制度を利用できる。

野党やマスゴミの反対理由を眺めていると、底辺労働者の怒りや労働弱者への配慮がほとんどだ。残業代が無くなって安い給料がさらに安くなる、弱者がさらに搾取される、ブラック経営者のやりたい放題にされる、といった意見が目立つ。

・・・バカだろ、お前らには関係ないからw。

お前らの中に、年収1千万円以上、非管理職、高度プロフェッショナルの3条件を満たす人間が何人いるのか。官邸前に集合している「市民」など、一人も条件を満たしていないに違いない。そもそも、反対派にはリタイヤ年金世代の割合が高いしw。

また、反対派は「残業代の負担という経営側にとっての歯止めをなくせば、長時間労働を助長しかねない」と言うが、仕事に自信のある高度プロフェッショナルが希望し導入する制度であって、長時間労働になりそうな労働者は制度を希望しまい。

いったい、お前らは誰のため・何のために反対しているのか。アベ批判が目的化したアホか、こんな簡単な制度も理解できないバカか、どっちや?。ああ、どっちもか(嘲)。




ポストセブン:残業代ゼロ法案が現実味 働き過ぎの貧困層が増える恐れも
http://blogos.com/article/235145/
" アナリストやコンサルタント、研究開発者などの専門職に就き、かつ年収が1075万円以上の人に限り労働時間の規制対象から外す「高度プロフェッショナル制度」が一気に法律化(労働基準法改正案)されようとしている。
 そもそもこの制度は第一次安倍政権下で立案された「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE=脱時間給制度)」を具現化するために練られてきた。表向きの狙いは、働き手の裁量を増やし、企業の生産性を高める──というものだ。
 だが、労働時間規制を除外するということは、該当する労働者は際限なく働かされる恐れがあるばかりか、企業側にとっては残業代を支払わなくてもよいことになる。それが“残業代ゼロ法案”として大きな批判を招いてきた。そのため、2015年4月に国会に出されるも、審議さえされないまま廃案状態になっていた。
 それが、ここにきて反対の急先鋒だった連合が条件付きの修正案を安倍首相に持ち掛け、制度の導入を事実上容認する構えを見せたため、亡霊のように蘇り、再び今秋の臨時国会に出される見込みとなったのだ。
 労働者の味方ともいえる連合の妥協案に首を捻るのは、人事ジャーナリストの溝上憲文氏である。
「連合は働き過ぎ防止策として、年104日以上の休日取得を義務づけ、それ以外に〈労働時間の上限設定〉〈退社から出社までに休息を設ける勤務間インターバル〉〈2週間連続休暇の確保〉〈心身の状況をチェックする臨時健康診断〉のいずれかを企業が選択する修正案を政府に求めています。
 でも、年104日は週休2日レベルで特に多いわけではありませんし、労働時間の上限にしようとしている年720時間は休日労働を含んでいないため、それも併せると計算上は960時間働かせることも可能です。そもそも企業が自由に選択できる項目ならば、連続休暇の確保や健康診断などを選べばいいだけで、何らこれまでの案と変わりません」(溝上氏)
 さらに、依然として曖昧なのが年収基準と職種だ。いまのところ高給取りしか対象ではないため、「オレには関係ない」と考えているサラリーマンは多いだろうが、溝上氏は「いずれ、ほとんどのサラリーマンが該当することになっても不思議はない」と警鐘を鳴らす。
「審議会の報告書に挙げられている専門職は非常に曖昧で、何とでも解釈できますし、年収基準も守られる保証はありません。当初、経団連は年収400万円以上を対象にしたいと主張したくらいですし、塩崎恭久・厚労大臣も“小さく産んで大きく育てる”と明言しています。それらは『省令』に定めれば、いくらでも変更できるのです。
 WE発祥の米国では、労働時間規制除外の労働者が増えすぎ、働けど働けど給料が増えない“エグゼンプション貧困”が大きな社会問題となったため、オバマ政権は見直しを余儀なくされました。日本も似たような状況にならないとも限りません。
 安倍政権は電通の過労自殺事件もあり、長時間労働の削減や同一労働・同一賃金など、あたかも労働者に優しいイメージを打ち出していますが、高度プロフェッショナル制度が生き残っているように、経済界の意を汲んで明らかに矛盾した政策もゴリ押ししようとしているのです」
 まさに「羊頭狗肉」の働き方改革。このままでは、サラリーマンはますます不安定な労働環境を強いられることになるだろう。"





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2016-07-04 20:53

「殺し殺される」も禁句にするべき


防衛費を「人を殺すための予算」と言い放った共産党の藤野保史政策委員長が、「党の方針と異なる誤った発言で自衛隊を傷つけた。深く反省し、国民におわび申し上げる」と陳謝し、事実上の更迭である政策委員長の辞任を表明した。

しかし、藤野は陳謝したものの、発言が間違いであることは認めていない。「党の方針とは異なる」「防衛費の一部を指した言葉」と釈明しており、藤野自身は「防衛費には人殺し用の予算が含まれている」と考えていることは明白だ。

そして、この藤野の思想は共産党の思想と完全に合致している。藤野や小池は「党の方針と異なる」と釈明したが、これは明白にウソだ。共産党にとって、防衛費はまさしく「人を殺すための予算」である。それが党の公式見解と断言して良い。

何故ならば、共産党は志位はじめ皆が「殺し殺される国になる(なった)」と主張しているからだ。「殺し殺される」という考え方は、「人を殺すための予算」と同義である。当然の理屈だろう。「殺す」のは自衛隊で、自衛隊は防衛費で維持されている。

したがって、共産党にとって、自衛隊に投じる予算は「人を殺すための予算」で間違い無い。藤野は、党の方針どおりに正直に口を滑らせた。うっかり不都合な真実を漏らした。ソフト路線を偽装しているが、これが共産党の本音・本性なのだ。

あくまで「党の方針と異なる」と言い張るのなら、「誤った発言で自衛隊を傷つけた」と反省しているのなら、「殺し殺される」も直ちに禁止し、これまでの妄言を謝罪するべきであろう。まあ、共産党は今後も「殺し殺される」と言い続けるに違いないが。

だって、それが共産党の方針であり党是なのだから。




東京:「人を殺す予算」発言 共産・藤野氏が政策委員長を辞任
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201606/CK2016062902000117.html
 共産党の藤野保史政策委員長は二十八日夜、党本部で記者会見し、防衛費を「人を殺すための予算」と指摘した自らの発言について「党の方針と異なる誤った発言で自衛隊を傷つけた。深く反省し、国民におわび申し上げる」と陳謝し、政策委員長の辞任を表明した。当面は小池晃書記局長が政策委員長の職務を代行する。
 志位和夫委員長に同日朝、辞意を伝え、持ち回り常任幹部会で決定した。藤野氏は会見で辞任理由を「参院選を戦う関係者、支持者、党員に多大な迷惑をかけた。政策責任者として責任は重大」と説明した。
 藤野氏は二十六日のNHK番組で、防衛費を「人を殺すための予算」と指摘。その後「不適切だった」と発言を取り消し、安全保障関連法と一体で海外派兵用の武器・装備が拡大していることを念頭に置いた発言だったと釈明していた。
" 藤野氏の発言に、政府・与党側は「自衛隊に対する侮辱だ」(安倍晋三首相)などと強く反発。共産党と参院選で共闘を進める民進党からも「関係者に不快感を与える」(枝野幸男幹事長)と懸念が出ていた。
 藤野氏は二〇一四年の衆院選比例北陸信越ブロックで初当選。今年四月から政策委員長を務めていた。 (中根政人)"




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2016-03-28 21:12

江田憲司の言葉はウソが多すぎる


サイコパスか。わりと本気で疑っている。偽維新の江田憲司(裏代表)のことだ。何故、ああも堂々と国民に嘘をつけるのか。何故、あそこまで自己中をゴリ押せるのか。それは、江田が嘘や自己中を悪いことだと認識していないから、なのかもしれない。

3月22日、江田が新党名「民進党」についてブロゴスに記事を載せた。嘘と誇張と自己中・自己愛に充ち満ちた、胸くその悪くなる内容だった。本エントリでは、その全文を掲載して断罪する。クズめ。no-risuはこういう人間が一番嫌いなのだ。

ブロゴス:「民進党」に決定!・・・「民」とともに「進」む/「民」の立場で改革を「進」める(江田憲司)
http://blogos.com/article/167893/
 今月27日に結党大会を開く新党の名称は「民進党」に決定しました。そこに込めた思いとは、「民」と共に「進」む政党でありたいというものです。また、「進」には進化、進歩という意味もありますから、常に「民」(「官」ではなく)の側に立って、イノベーション、改革を進めるということです。

いきなり嘘。

「進」と「イノベーション」はほぼ無関係だ。「進」と「進化」「進歩」はイコールでないし、「進化」「進歩」と「改革」はやはりイコールでない。改革・イノベーションは江田の個人的政治思想にすぎず、出鱈目三段論法でこじつけるとは実に姑息だ。

「民」と共に「進」む政党でありたいと言うが、江田の口から出る政策や言動は改革・イノベーションばかりだ。国民と進みたそうな気配は微塵も感じられない。

 名称には、民主、維新両党内に強い思い入れがありました。民間会社でも、「三菱東京UFJ銀行」「損保ジャパン日本興亜ひまわり生命」という社名があるように、当然のことです。

また嘘。

江田に「維新」への思い入れなどあるわけがない。結いの党が維新の会と野合したとき、江田は図々しくも新党名を要求した。その時、江田は「維新」の文言を抹消した完全に別の党名を要求し、拒否する橋下・松井ら大坂陣営と激しく対立した。

民主党議員には少なからず民主への愛着はあるだろうが、江田が維新に「強い思い入れ」など片腹痛い。

 そこで、私が党名検討チームの維新側座長として常に意識してきたことは、お互いがこれならと納得できる、恨みっこなしの手続きを丁寧に!丁寧に!進めることでした。連日、何時間にも及ぶ議論を尽くした上で、どうしても折り合えない場合は、「客観的手法で決定」という両党間の合意に沿って、最終的には世論調査で決める。

またまた嘘。

丁寧?、連日何時間にも及ぶ議論?、そんなものは無かった(笑)。

新党名について、維新と民主は検討チームを発足させた。維新は江田と柿沢、民主は赤松と福山だ。検討チームの発足は3月2日である。翌3日に公募を発表し、すかさず4日に公募を実施した。これのどこが「丁寧」で「連日何時間にも及ぶ議論」か。

何が「どうしても折り合えない場合」だ。折り合いが付かないことは分かっていたことであり、最初から国民に丸投げする腹づもりだったとしか思えない。

 その調査では、民主党案は「立憲民主党」、維新案は「民進党」でした。結果的に5%以上の差が開き、民主党支持層に限っても後者が上回り(無党派層は倍近い差)、我々が提案した「民進党」となりました。が、だからといって、これに不本意な方々もおられることを考えると、率直に喜ぶといった気持ちもありません。

明らかに嘘。

公募は「民主党」が断トツに多かった。決戦世論調査は半数以上が無回答だった。僅か5%を「差が開いた」とか「上回った」とか、自己弁護・自己正当化も甚だしい。また、望み通り党名ロンダリングが成功し、嬉しくないわけがなかろう。

だいたい、相棒の柿沢は、民進党に決まるやブログを書き、「生まれ変わるためのこの決断は必ずや国民に評価されると思います!」、などと喜び舞い上がっていではないか(笑)。

 問題はまさにこれからです。私のカウンターパート、党名変更に反対だった民主党の赤松広隆座長も「(調査を)やってよかった。これで前へ進もうという気持ちになれる」「案外良い名前だ」と言っていただきました。

「前へ進もうという気持ち」?、「後が無い」から当たり前だろ(笑)。

 この間、自民党からは「名称ではなく政策、中味だ」と散々批判されてきましたが、我々はすでに昨年末、統一会派を組むときに7項目にわたる詳細な政策合意をしています。「違憲の安保法制の白紙化と対案の提出」「30年代の原発ゼロ」「消費増税の凍結」「議員定数の削減や公務員人件費カット等の身を切る改革」等です。

嘘と誇張。反吐が出る。

詳細な政策合意とか、あの10分で精読可能なA4両面一枚ぴらのどこが「詳細」だ。しかも、安保法制は白紙化ではなく部分修正、原発・消費税は民主党内で一致せず、身を切る改革は消費税増税が目的で政策矛盾、偉そうに言える代物か。

他も酷い。難民受入れ推進、地方主権の目的で憲法改正、自民党的TPP推進、一億総活躍推進、国家公務員労働基本権付与、個人献金化で企業献金ロンダリング、与党と重複する政策や党内一致していない政策が多数、心底ろくでもない。

 また、「自由」「共生」「未来への責任」という理念を掲げた新党綱領案も発表済みです。安倍官邸の広告塔のような政治評論家もためにする批判を重ねていますが「まずはこうした綱領、政策を読んでからにしてくれ!」と言いたいと思います。

「まずはこうした綱領、政策を読んでからにしてくれ!」と言うが、あわせて15分もかからず読み終わる程度の綱領(笑)・政策(笑)ごときで何を偉そうに言うか。

 また、公募や世論調査を「ポピュリズム」と貶している自民党議員にも、「あなたの政党名も公募だったじゃないか!」と言いたい。今とは時代背景もまったく違う昭和31年に「公募」、「国民の声を聞こう」という発想をする政党があった。当時の自民党は極めて先進的、開かれた国民政党だったのでしょう。

完全に議論のすり替えである。公募や世論調査をポピュリズムと批判しているわけではなく、選挙互助会的な野合に公募や世論調査を悪用する姑息な姿勢が批判されているのだ。

 それに引きかえ、今の自民党は! 立憲主義も「何するものぞ!」、言論統制で党内もメデイアも震え上がらせる。批判の急先鋒の高村正彦自民党副総裁には、まさに「ブーメランを投げているようなものだ」(安倍首相)という言葉をそのまま返したいものです。
 これからは結党大会に向け、安倍政権との政策的な対立軸をしっかり打ち出して、国民のために何をやる政党なのか、さらに鮮明にしていきたいと思います。


江田という男は、常に己の野望のためにのみ動いてきた人間だ。我欲を満たすためならば、相手が誰であろうと利用し、簡単に裏切り切り捨て、そして息を吐くかのごとく嘘を吐く。

ここまで散々嘘を書き散らしておきながら、「国民のために」などと言われて誰が信用するものか。これで信用する人間は余程のアホであろう。江田は軽蔑すべき嘘つきだ。そして、「国民のために」という言葉こそ、江田の吐く最も悪質な嘘なのだ。






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2015-09-09 20:19

維新の分裂は明らかに芝居


予想していたことではあるが、橋下維新の党があっけなく空中分解してしまった。橋下・松井の大阪組と、江田・松野ら流入組に分裂した。維新旋風はつい最近の出来事だったはずなのに、何だか遠い昔のことの様に感じる。浪速のことも夢の又夢か。

このことについては各メディアが盛んに報じている。しかし、報道では全く触れられていないが、no-risuにはどうしても気になる点がある。何故、どこの報道機関も突っ込まないのか。見え見えだろう。ぶっちゃけ、維新の解散劇は「芝居」でしょ?(笑)。

解散劇の発端は、柿沢幹事長が松井府知事の反対を押し切って、山形市長選挙の応援に行ったことだった。柿沢は「責任は取る」と言いながら、松井の要求した幹事長辞任を突っぱねた。松井は激怒し、「赤ちゃん幹事長にはついて行けない」とぶちまけた。

まず、この時点ですでにわざとらしい。たかが山形市長選の応援ごときにキレすぎ、批判の文句も素人臭い演出臭が強い。そこから橋下市長と共に離党を宣言するまでの時間も異様に短く、最初から示し合わせた離党劇だったとしか思えない。

離党の意向を示した直後、橋下市長は「党を割らない」と述べたが、翌日には新党結成を宣言した。メディアらは発言内容の変化にばかり注目していたが、そんなことは大した問題では無い。注目すべきは、離党宣言から新党宣言までの時間だ。

あまりにも短すぎる。やはり、最初から新党結成ありきの分裂劇だったとしか思えない。新党結成理由について、橋下・松井は表向きには「離党せんげんまでしたのに、松野代表が柿沢を留任させたことに我慢ならなかった」と説明していた。

到底信じられない。そんな理由で直ちに新党結成を決断するものか。しかも、松野は江田の傀儡にすぎず、柿沢の人事権を持っていない。柿沢は江田の忠実な僕だ。江田様のお許しが無ければ、代表といえど松野が柿沢を処分するなどあり得ない。

ただ、表向きの理由だけで判断すれば、新党結成は橋下・松井の場当たり的・思い付きによる産物だ。しかし、記者会見でその点を突かれた橋下市長は、「思いつきで新党が作れるかバカ」と記者に噛み付いた。うっかり本音が漏れたか?。

こうして維新の分裂が決定的になった後、松野は維新執行部を刷新し、何と柿沢幹事長を解任してしまった。「何故このタイミングで?」とは、まさにこの様な場面で使う言葉だろう。このことからも、騒動が分裂ありきだったことを疑わせてくれる。

7日だったか、江田はブログ(ブロゴス)で一連のドタバタを「陳謝」した。奴は都構想敗北の責任を取って「一兵卒」になったはずだが、当該エントリでは臆面も無く「維新の党の創業者」を名乗り、維新の代表の立場で高見から「陳謝」していた。

確かに、江田は維新創業者の一人だ。「え?」と思う人も居るかもしれない。「橋下でしょ?」と。違うのだ。思い出して欲しい。橋下市長が立ち上げたのは「維新の会」だ。結いと野合後、江田の厚顔無恥な要求で党名が変更され、「維新の党」が生まれた。

しかし、普通は維新と聞けば橋下維新を連想するだろう。よくもぬけぬけと。さらに、江田は陳謝の中で「維新の原点に戻る」と書いていたが、そこに挙げられた政策は全てみんなの党時代から変わらぬ江田個人の政策だった。何様のつもりだ(笑)。

橋下・松井の離脱後、松野と江田は待ってましたと言わんばかりに言動を活発化させた。民主党との合流について、かなり突っ込んだ発言も始めた。松野の「民主党の党名は変えろ」とか、水面下交渉が続けられていたから言える言葉だ。

松野・江田の不自然な動きも、前々から分裂を想定していたと考えれば納得がいく。これらのことから考えて、柿沢と松井の幼稚なケンカから橋下・松井の新党結成まで、全て筋書き通りの茶番劇だったのではないか。個人的には確信している。

余談。過去に何度も書いたが、no-risuは江田が嫌いだ。政策も人間性もクズである。今はまだ裏でコソコソ蠢いているが、奴の表舞台復帰は近い。野党再編の進み具合にもよるが、早ければ次期維新代表戦に出て、予定通り代表に返り咲く。

そして、その頃には橋下・松井の新・維新も形になっているはずだ。また、民主党は今よりさらにガタガタになっているだろう。つまり、野党戦国時代の第二幕の幕開けは近い(第一幕は維新旋風の時)。実に楽しみだ。江田め、さっさと出てこいや!。




NHK:維新 松野代表「改革勢力結集し野党再編に臨む」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150904/k10010216281000.html
 維新の党の松野代表は、党の両院議員懇談会で「改革勢力を結集して、野党の再編に臨んでいく」と述べ、党の分裂が確実な情勢になるなかで、民主党などとの連携を進めていくことに理解を求めました。
 維新の党では離党した大阪市の橋下市長が、みずからが代表を務める地域政党「大阪維新の会」を母体とする新党を、今の国会の閉会を待って来月中にも結成する方針で、党の分裂が確実な情勢になっています。
 こうしたなか、維新の党は国会内で両院議員懇談会を開き、松野代表は今後の党の路線について「改革勢力を結集して、野党の再編に臨んでいく。改革勢力を結集させていく」と述べ、民主党など、ほかの野党との連携を進めていくことに理解を求めました。
 これに対し、出席した議員からは「党が割れないよう執行部は一致結束する方向で取り組んでほしい」などといった意見が出されました。また、両院議員懇談会では、ことし11月に予定されている代表選挙について、党が混乱しているとして当面、延期することを決めました。
 懇談会のあと松野氏は記者団に対し、「執行部が党を割ろうとしているわけではないので、割れないようにという思いは同じだ。橋下氏らと話す機会は必要だろうと思っている」と述べました。
 一方、橋下氏に近い馬場国会対策委員長は「国会が閉会したあとは、いろいろな動きが出てくると思うので、それを見極めながらやっていく」と述べました。







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2015-08-29 00:40

日本人に生まれたら有罪!


世界人権宣言を開くと、第1条に「全ての人間は、生れながらにして自由、かつ、尊厳と権利とについて平等」と定められている。映画や物語などの世界では、よく「子供達に罪は無い」なんて台詞が登場する。現実社会でも珍しい言葉ではない。

改めて確認するまでもなく、先進民主主義国家の一員として当然の価値観だろう。この価値観が通用しないのは、独裁制や階級制や差別が残る後進的な国家や社会だけだ。日本はいずれにも該当せず、人々や社会はそれを理解している。

しかし、一部の日本人は別の価値観を持っているらしい。「日本人は生まれながらにして有罪」と考える人々がいるのだ。とんでもないレイシストだが、そう考える日本人は一人や二人ではなく、驚くべきことに、推定で2割もの人々が該当している。

8月24日の参議院、福島ミズポが「何百年たとうが謝らなければならないことはありますよ!」と安倍総理を批判した。安倍総理は戦後70年談話等で、「(将来世代に)謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と述べており、これに反論したわけだ。

夕刊フジは「仰天発言」と題した記事を書き、「(安倍談話の当該部分は)『あの』朝日新聞が25日報じた世論調査でも、63%が『共感する』と答えているのに(笑)」とミズポをこきおろした。しかし、同世論調査では、20%が「共感しない」と答えていた。

8月27日、河野洋平が「被害者が許すまで加害者である日本は謝罪し続けるべき」と安倍談話を批判した。朝日の世論調査を参考にすれば、河野の意見にも国民の2割程度が賛同するのだろう。

彼らは自分の言っていることの意味を理解しているのだろうか。ミズポや河野、彼らと思いを同じくする人々の思想が正しいのなら、日本人に生まれただけで罪人となる。オギャーと生まれたその瞬間から、中韓への謝罪と賠償の義務を背負わされる。

日本人に生まれただけで、人間の普遍的権利が制約されるどころか、犯してもいない犯罪に対して贖罪を求められるのだ。これはもう、明らかに人権侵害・人種差別の類いの思想である。すなわち、ミズポ・河野及び賛同者はレイシストである。

実に危険な思想だ。彼らの人種差別主義思想は日本から一掃すべきである。「子や孫、その先の世代が謝罪を続けなければならないような状況を作ってはならない」のは当然だ。日本人に生まれること、それは罪でも何でも無いのだから。




夕刊フジ:福島瑞穂氏「何百年たとうが謝罪」 戦後70年談話に絡み“仰天発言
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150825-00000006-ykf-soci
 社民党の福島瑞穂副党首が“仰天発言”を披露した。24日午後の参院予算委員会で、安倍晋三首相の戦後70年談話に絡み、「何百年たとうが謝らなければならないことはありますよ!」と追及したのだ。
 これは、安倍首相が「歴代内閣が表明した反省と(近隣諸国への)おわびの気持ちを揺るぎないものとする」「他方、子や孫、その先の世代が謝罪を続けなければならないような状況を作ってはならない」と答弁したことを受けての発言だ。
 戦後70年談話の、戦争に関わりのない世代の子供たちに「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という主張については、あの朝日新聞が25日報じた世論調査でも、63%が「共感する」と答えている。
 福島氏のいう「何百年」というスパンで考えるなら、「元寇」(文永の役=1274年、弘安の役=1281年)では、長崎県の対馬や壱岐に侵攻した蒙古・高麗軍による残虐行為が文献に残っている。福島氏は中国や韓国、北朝鮮などにも謝罪を求めるべきではないのか。






テーマ:サヨク・在日・プロ市民
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