2015-03-09 20:23

新幹線車掌に逆切れツイートで炎上した芦田宏直副学長に別の疑問


またも、ツイッターで自分の愚かさを晒して炎上する馬鹿が現れた。ツイッターは馬鹿発見器である。で、どこのDQNかと思いきや、地位も名誉もある人間環境大学副学長(愛知県岡崎市)にしてドイツ哲学者の芦田宏直であった。

芦田は指定席を取った新幹線に乗り遅れ、後発の新幹線(のぞみ)に乗車し、指定を取ってないのに指定席に座り、車掌に咎められると逆切れして、自身のツイッターにおいて対応した車掌の名前を晒した上で怒りをぶちまけた。

ことの経緯はこうだ。

1.芦田は名古屋ー新大阪間の「のぞみ」の指定券を購入していた。
2.新幹線ホームで待っていたら、急にビックカメラで買い物がしたくなった。
3.改札を出て買い物した結果、乗り遅れて後発の「のぞみ」に乗車した。
4.空いていたからと、勝手に指定席に座ったら車掌に咎められた(当たり前だ)。
5.芦田は車掌に「この席の購入者が来るまで座らせろ」と抗議した(マジキチ)。
6.車掌は規則を守り、芦田は渋々追加料金3210円を支払った。
7.芦田が逆切れ、ツイッターにて車掌を名指しで批判した。「(ドイツ哲学的に自分が正しいことを)車掌に教えることが出来なかった」等とツイートして大炎上!。


アホである(笑)。

指定席の意味を理解せず、自分勝手な論理でルールをねじ曲げ、それが通用しないと逆切れか。こんな人間が副学長とか、人間環境大学のレベルが知れるな。ちなみに、同校の教育理念は「常に感謝の心を持つ」である。「エゴ」の間違いだろ(笑)。

さて、芦田の問題点は誰にでも分かることなので、ここではいちいち突っ込まない。しかし、本件にはもう一つ問題が隠されている。それは、芦田が「新幹線で途中下車(外出)を行った」ことで、新幹線の途中下車は認められていないはずなのだ。

芦田は新幹線指定券を購入し、ホームで予定の新幹線を待っていた。ところが急にビックカメラで買い物がしたくなり、改札を出てビックカメラに行った。改札を出た時点で新幹線特急券の効力は消滅する。特急券は途中下車(外出)出来ない決まりだ。

買い物から戻り後発の「のぞみ」に乗った芦田は、指定席に座るために差額の3210円を支払った。これは指定料金ではなく、特急乗車券と指定料金の合計金額になる。

自由席特急券に後から指定を追加する場合、指定料金だけを支払えば問題無い。しかし、特急指定乗車券で乗り遅れた場合、自由席の特急券としては使用可能だが、再度指定を追加する場合は乗車券含めた全額を支払う羽目になる。

芦田は指定席に座るために全額を支払ったので、元々購入していて乗り遅れた特急指定乗車券を所持していた。しかし、芦田はビックカメラに買い物に行くために改札を出ているので、本来ならば失われているはずの特急券だ。何故持っている?。

つまり、本来は認められていない新幹線の途中下車を、芦田は「何らかの方法」で実行したとしか思えない。no-risuの知る限り、「何らかの方法」なんてものは存在しない。特例があったとしても、ビックカメラの買い物に特例など適用されまい。

さあ、芦田はどうやって特急券を所持したまま改札を出て、そしてどうやって再入場したのか。新幹線の途中下車不可はno-risuも不満だったから、そんな裏技があるなら是非ともご教授いただきたい。




j-cast:空いている指定席、「来てから移動ではだめですか」 大学副学長の「車掌名指し」ツイートが物議
http://www.j-cast.com/2015/03/06229744.html?p=all
新幹線の指定席をめぐる大学副学長のツイートが物議を醸している。指定席を予約していた列車に乗り遅れた場合、指定席に座るには改めて指定席の特急料金を支払わなければならない。
この大学教授は指定席が予約してあった列車に乗らなかったが、元々の切符で後続列車の指定席に座った。当然、車掌から自由席に移るように求められた。「来られたら移動ではダメですか」と抵抗を試みたが認められず、結局指定席の特急料金を支払った。しかし、車掌に不満をぶつけ、車掌の名字を出しながら「だから、新幹線は嫌いです」とツイート、物議を醸している。
ホームで待っていたらビックカメラに行きたくなる
話題になっているのは、人間環境大学(愛知県岡崎市)の芦田宏直副学長のツイート。芦田氏は教育問題に関するメディアでの発言も多い。
ツイートによると、芦田氏は2015年3月4日、名古屋駅の新幹線ホームで20時42分発の新大阪行き「のぞみ253号」を待っていた。芦田氏は「のぞみ253号」の指定席を予約していた。ツイートが発信された時刻によると、20時34分には新幹線のホームにいた。
だが、ホームからビックカメラの看板が視界に入り、「むらむらと気持ちがわいてきて」急に買い物に行くことを決めた。改札を出てビックカメラでヘッドフォンを物色したが、新大阪行き新幹線の最終便の時刻が気になり、走って駅まで戻って21時3分発の新大阪行き「のぞみ255号」に乗った。
問題が起こったのは、ここからだ。芦田氏曰く、「急いで乗ったために指定席の空いているところに座ったため、車掌が自由席に移動しろと迫ってきた」。芦田氏は「(その席を予約していた本来の乗客が)来られたら移動ではダメですか」と聞いたが車掌は聞き入れず、芦田氏は指定席特急料金の3120円を支払った。
" 車掌の行動は当然なことなのに芦田氏は、
「指定席券がとれるのであれば、席は新大阪まで空いてるではないか」
とも車掌に不満をぶつけたようだ。新大阪まで人が座る予定がなかった座席だったにもかかわらず移動を迫られたことに納得がいかないようだ。車掌は終始「ムスッと」していたらしく、芦田氏は「だから、新幹線は嫌いです」。"
"乗り遅れても指定席に乗りたい場合は「指定席特急料金を全額お支払いいただきます」
車掌は、規則通りの対応をしていると言える。JR東海のウェブサイトのQ&Aコーナーでは、
「指定席をとっていた特急列車に乗り遅れた場合、特急券の変更や払戻しはできますか?」
という質問がある。回答は、"
「指定席特急券については、乗り遅れた場合でも指定された列車の乗車日と同じ日のうちなら、普通車自由席に限ってご利用いただけます。なお、指定席に乗車される場合は、指定席特急料金を全額お支払いいただきます」
"というものだ。こういった規則を芦田氏は把握しており、ツイッター上の、
「時刻表に書いてる きっぷのルール について読みなおす事をおすすめします」
という声には
「そんなこと誰でも知っている」
と反論している。"
"ルールの「存在」と「適用」には「千里の径庭」??
芦田氏の専門はドイツ哲学。カントの考え方を紹介しながら、今回の出来事について、"
「カントは、ルールが存在するということと、それに従ってルールが『適用される』こととの間には、千里の径庭(編注:けいてい=隔たり)があると指摘していた。その<間>を埋めるものを<構想力>とカントは呼んだが、構想力は『教えることができない』とも」
"などと主張。車掌にも「教えることができなかった」とした。凡人には何が言いたいのかよく理解できない文章だ。芦田氏は、車掌が「融通が利かない」と言いたかったのかもしれないが、無理な主張に思える。
芦田氏は最後にこうツイートした。"
"「私は、3000円払っても歩きたくないほどに疲れていただけですよ。ビックカメラと新幹線名古屋駅ホーム間、20分でホーム駆け下り駆け上がり往復したんだから(笑)」
芦田氏の一連のツイートをまとめたサイトには"
"「無法を哲学で正当化する大先生」
「なまじ哲学とか勉強するとこうなるのか」
「指定席の権利自分から捨ててるのに何言ってるんだこいつw」
といった声が寄せられており、大半が芦田氏に批判的だ。"







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2014-08-19 21:48

本ブログが(株)DHCから恫喝を受けました

DHC.jpg

2014年4月8日のエントリー「さらば渡辺喜美」について、株式会社ディーエイチシー総務部法務課の杉谷義一とやらが当該記事の削除を求めるコメントを書き込んできた。何でも、当該記事は代表吉田氏と会社の名誉を著しく毀損する内容で、削除せねば「法的措置」を検討するらしい。

一瞬、ただのスパムコメントかと思ったが、どうやらDHCは同様の手法で会社に不都合なブロガーに圧力をかけて回っている様だ。だとしても、こんな場末のパンピーブログにまで恫喝してくるとは、DHCとはケツの穴の小さい会社である。余程不都合な内容だったのだろうか(笑)。

笑ってばかりもいられない。と言うのも、DHCの恫喝はただの脅しではなく刃が付いている可能性が高いからだ。実際、東京弁護士会の澤藤弁護士が、no-risuと似た様なことをブログに書き、つい最近DHCから2000万円の慰謝料を求めて訴訟を起こされている。

アップした画像の文章も、低能丸出しのスパムと比較して文章が本物っぽく感じられる。やばそうだ。ちなみに、澤藤弁護士は、「言論の自由を企業の力で潰すスラップ(見せしめ)訴訟だ」と徹底抗戦の構えで、77人の弁護団を組んで8月20日にも第一回口頭弁論に挑む。

さて、no-risuはどう対処しようか。訴訟を起こされて多額の慰謝料を支払う判決が下される様なエントリーとは思えないが、現実問題として本当に裁判を起こされても面倒だ。ついては、一時的に当該エントリーのDHCに関する記述を削除しようと思う。

もちろん、削除前のエントリーは保存しておく。澤藤弁護士の訴訟結果を待ち、澤藤弁護士が勝訴したら再アップしようと思う。




DHCの吉田会長 批判ブログ執筆者らを続々提訴
http://www.asiapress.org/apn/archives/2014/08/18142546.php
 「みんなの党」の代表だった渡辺喜美代議員の失脚の原因となったのが、化粧品製造販売会社DHCの吉田嘉明会長が渡辺議員に貸し付けた8億円について自ら雑誌に告白したのがきっかけだったのは周知の事実だろう。その吉田会長が弁護士やジャーナリストなどを相次いで名誉棄損などで訴えていることが関係者への取材で分かった。訴訟の件数は10件に上るという。(アイ・アジア 編集部)
 この一連の訴訟の最初の口頭弁論が、東京地方裁判所で8月20日に開かれる。訴えられているのは、東京弁護士会の澤藤統一郎弁護士だ。
 訴状によると、澤藤弁護士は自身のブログで、吉田会長が自分の儲けのために渡辺元代表に金を交付したが、自分の思い通りにならないので切って捨てたとの趣旨の記載を行い、「DHC側のあざとさも相当なもの」と記述したという。
 その上で、吉田会長の側は、ブログがインターネット上で誰でも閲覧できるものである上、被告は社会的地位のある法律の専門家であるから読者は記述を高く信用してしまい、吉田会長の名誉が著しく損なわれたとしている。そして、澤藤弁護士に対して、吉田氏本人とDHC社に各1000万円、合わせて2000万円の損害賠償とブログへの謝罪広告の掲載を求めている。
" これについて澤藤弁護士は次にように話し、裁判で争う姿勢を示している。
「経済的な強者が高額請求の訴訟を起こすことで政治的な言論を封殺しようとするもので、憲法上看過できない重大な問題を含んでいると思う。私のこの程度の表現が違法ということになれば、言論の自由は封殺されることになる。とりわけ、強者の違法に切り込む言論が封殺されてしまう」。
裁判は8月20日の午前10時30分から東京地方裁判所705号法廷で開かれる。"







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2014-07-16 19:57

飲酒規制論が聞こえない不思議


最近、飲運転や脱法ハーブによる交通事故をよく耳にする。特に、小樽の轢き逃げ事件は最悪で、女性4人が轢かれ3人が死亡、1人が首の骨を折り重体だ。犯人の海津雅英(31)は、12時間飲後にタバコを買うため車を運転し、携帯を操作しながら時速100キロでかっ飛ばした。

車はクライスラーのSUV・グランドチェロキーで、あんなごっつい車に時速100キロで轢かれればまず生きてはいられまい。被害者にとってさらにやりきれないのが、海津雅英が今年5月に自己破産しており、賠償金の類いは全く期待できないことだ。

だったらその命で償わせたいところだが、厳罰化されたばかりの危険運転致死傷罪でも最高懲役20年、他の罪を合算させ可能な限り重くしても懲役30年にしかならない。何の罪も無い市民を3人殺しても、死刑どころか懲役30年以下で社会復帰が許される。

何故被害者がこんな理不尽な仕打ちを受けるかと言うと、日本社会において人の命は平等に扱われていないからだ。被害者の命の価値は低く、加害者の命の価値は高く設定されている。

許し難い不平等、被害者及び遺族に対する人権侵害だと思うが、日弁連やサヨクメディアら人権派と呼ばれる人々は、「もっと加害者の命を大切にするべき」「死刑反対」などと主張している。「一度お前らが殺されてみろや!」と言ってやりたい。

さて、事故の原因が飲であろうと脱法ハーブであろうと、被害者の立場になればどちらも大差あるまい。ドラッグでラリッた車に轢き殺されるのは我慢ならんが、飲運転で殺されたのなら少しは許せます、何て思う被害者は存在しないだろう。

被害者の受ける苦痛は同等だ。しかし、脱法ハーブ運転と飲運転は、社会において全く別物として扱われている。報道を見れば一目瞭然で、脱法ハーブ事故はハーブ自体の取締りが提起され、飲事故は飲酒運転という飲酒後の行為が問題視される。

扱われ方が異なる理由は簡単で、飲酒は合法だが脱法ハーブは事実上の違法麻薬だからだ。法律上の扱いで区別されている。しかし、これはある種の思考停止ではないか。引き起こされる悲劇は同じなのだから、飲酒自体の是非が議論されないのはおかしい。

「飲酒は合法」で思考停止せず、「飲酒は合法のままで良いのか?」と疑念を抱くべきではないのか。まして、交通事故件数はジャンキーより飲酒運転の方が圧倒的に多い。多くなるのは母集団が大きいからで、母集団を減らすには法規制が効果的だ。

飲酒が規制されないのは、消費者ニーズとか経済への影響とか伝統文化とか色々理由はあるけれど、建前的には麻薬ほど中毒性が強くなく健康被害も大きくないからだろう。つまり、全て飲酒者目線の考え方だ。被害者目線は考慮されていない。

飲酒運転で事故が起きる度に、マスコミは生前の被害者の人柄などを紹介し、事故の悲惨さを増幅させて世論を煽る。そして決まり文句が「飲酒運転はやめましょう!」である。いやいや(笑)。飲酒運転の以前に、そもそも酒を飲まなきゃいいでしょうに。

ものすごく単純な理屈だと思うのだが、どういうわけか飲酒規制は議題に上がらない。誰か言い出しても良さそうなものだが、不思議と誰も言い出さない。何でかね?。

余談。アル中度数右肩上がりのno-risuは飲酒規制に反対。酒は人生の活力、真夏のビールは喉と心を潤す命の水。飲酒規制する前に、飲酒運転のさらなる厳罰化を検討すべき。海津雅英のごときクズを裁けるよう、最高刑は死刑まで引き上げるべきだ。



北海道:アルコール基準の3倍超検出 小樽ひき逃げ 容疑者、知人の海の家手伝い
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/551286.html
 【小樽】小樽市銭函3の市道で13日、海水浴帰りの女性4人がひき逃げされ、3人が死亡、1人が重傷を負った事件で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)などの疑いで逮捕された札幌市西区発寒11の4、飲食店従業員海津雅英(かいづ・まさひで)容疑者(31)の呼気から酒気帯び運転の基準値の3倍を超えるアルコールが検出されていたことが15日、捜査関係者への取材で分かった。同容疑者は「おたるドリームビーチの海の家で仕事を手伝いながら、事件直前まで約12時間、知人数人とビールや焼酎を飲んだ」と供述しており、小樽署は海の家の関係者や知人から当時の状況を聞き、飲酒量などを調べる方針。
 捜査関係者によると、事故後の呼気検査で、酒気帯び運転の基準値1リットル当たり0・15ミリグラムの3倍以上の0・5~0・6ミリグラムのアルコールが検出された。海津容疑者は西区の居酒屋で午前3時半ごろまで勤務した後、おたるドリームビーチにRVで向かい、知人が経営する海の家の仕事を手伝いながら、午前4時半から午後4時ごろまで飲酒していたとみられる。その後、午後4時半ごろ、RVを運転し、コンビニエンスストアにたばこを買いに行く途中に事故を起こした。




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2014-07-11 21:35

今のままなら電子書籍は衰退する

立花

先月だったか、立花隆氏が出版業界のイベントで講演し、「今度こそ電子書籍がブレイクする!(かも)」と述べて、斜陽産業化に肩を落とす関係者を元気づけたそうだ。紙の売上げが減った分を電子書籍ユーザーに埋めてもらいたい、そんな期待があるらしい。

しかし、no-risuの見たところ電子書籍がブレイクする気配は全く無い。むしろ落ち目だ。このまま無為無策でいれば、電子書籍は普及せずみすみす市場を逃す結果を招くだけでなく、小規模ユーザーのためにサービスを続けねばならず負担だけが残るだろう。

困ったことに、業界は電子書籍が伸び悩む理由を分かっていない。電子書籍という黒船に期待と不安を抱きつつ、業界の利益構造や著作権の問題ばかり繰り返し、読者のニーズに向き合わず、電子書籍独自の付加価値を生み出す努力を怠っている。

「活字文化を守れ!」と声だけ威勢は良いものの、読者ニーズに向き合わないからろくな経営戦略が生まれない。マーケット・インの姿勢が見られず、プロダクト・アウトによるお高くとまった待ちの殿様商売気質が抜けていない。これではダメだ。

よく言われる電子書籍のメリットは、「かさばらない」「いつでもどこでも好きな本を読める」「劣化しない」「紙を使わないから環境に優しい」といったものだろう。しかし、これは電子書籍と本を比較したメリットであって、コンテンツの魅力とは無関係である。

当たり前の話だが、どんなに便利な読書端末があろうとも、面白くなければ誰も読まない。「つまらなそうだけど電子書籍でなら読みたい」、何て業界に都合良く考える読者はまず居ない。例外は、学生や受験生が嫌々読む教科書や参考書くらないものだ。

では、どうすれば電子書籍が売れるか。

簡単な理屈だ。読者の数を増やせば良い。電子書籍だから本を読むのではなく、本を読む人の一定割合が電子書籍端末に移行するからだ。読者の数を増やす方法は、読者に望まれるコンテンツを送り出し、読者を満足させるサービスを用意すれば良い。

「何を当たり前のことを」、「それが出来たら苦労せんわ」、等と思われるかも知れないが、こんな単純なことに何の努力も工夫もしてこなかったのが出版業界だ。出版業界の議論は閉鎖的で内向きで権威主義的で、読者と真正面から向き合ってこなかった。

その悪習から脱却せよ。凝り固まった業界の常識を疑い、本・活字に対する概念をぶち壊せ。難しい話ではないはずだ。読者に向き合えば必然的にそうなる。で、どうするべきか。ここまで偉そうなことを述べたからには、具体的な提案も示しておきたい。

➀ クリエイターの育成

まず基礎の基礎、物語を生み出す作家(クリエイター)を育成せねば将来は無い。ところが、現状ではクリエイターを育成する仕組みが無い。直木賞とか芥川賞など「○○賞」といった権威けや、副賞の賞金で釣るくらいだ。業界が自ら育成するシステムが必要である。

イメージとしては、吉本の芸人育成みたいなものか。育成コストはかかるけど、それは業界ための先行投資として受け入れるしかない。権威ある賞に胡座かき、賞金ぶら下げて待つだけで、「最近は有望な新人が出てこない」と嘆くことの何と愚かしいことか。

➁ 新作至上主義脱却と過去の遺産の活用

これまで世に送り出された本の数は膨大で、名作・人気作品と呼ばれた本の数もまた星の数ほど存在する。しかし、出版業界は過去の名作・人気作品を宣伝しない。宝の山である過去の遺産を持ちながら、それを読者に楽しんでもらう努力や工夫をしない。

推すのは常に新作で、本屋で平積みされている本の100%が新作だ。新作だから面白いとは限らないのに、読者に求められているとは限らないのに、「新作だから売れる」「新作を売らねばならない」との業界常識・慣習が視野を狭めている。

電子書籍端末のメリットに、「いつでも好きな本をダウンロードして読める」というものがある。しかし、読者の多くは「どれが面白い本なのか分からない」。端末機能に責任を丸投げするのではなく、業界が過去の名作を現代の読者に伝える工夫が必要だ。

名作は何時の時代でも名作で、きっかけ一つで時代や世代を超えて売れるものだ。山下達郎の「クリスマス・イブ」が毎年12月に流されるのは、クリスマスというきっかけと、曲自体が素晴らしいからだ。新作一辺倒の出版業界は、自分で自分の首を絞めている。

➂ 電子書籍端末はコンテンツの魅力をアップさせるためにこそ価値がある

出版業界は、電子書籍のメリットをはき違えている。かさばろうがかさばるまいが、本の内容そのものは変わらない。薄くなっても面白くはならない。好きな時にダウンロードできても、ダウンロードしたから面白くなる、なんてことも絶対にないのである。

つまり、出版業界が電子書籍端末に期待するメリットとは、どれもこれも媒体に関する利便性に過ぎず、コンテンツの魅力とは無関係だ。電子書籍ならではの魅力(付加価値)が無ければ、「本は買う気しないけど電子書籍なら読んでみるか」とはならない。

電子書籍のデメリットに、「目が疲れる」という評価がある。だからメーカーや業界は「目に優しい画面」の開発や宣伝に力を入れ、実際の画面サンプルを紹介したりする。そして言うのだ。「ご覧下さい!、紙の本と全然変わりないでしょう!」。

電子書籍

アホかと。本と同じなら本を買うわい(笑)。電子書籍にあって本に無い魅力とは、コンテンツそのものに付加すべきものだ。本には真似できない付加価値、これは色々な案があるだろうけど、個人的には視覚効果と聴覚効果が鍵を握ると思う。

例えば、聴覚効果なら読み上げ機能やサウンド・エフェクトだ。ニコニコ動画には、「文字を読む動画」というカテゴリーがある。動画のくせに文字が流れるだけで、自分のペースで読めないから大層不評である、何てことは全然ない。

というのも、「文字を読む動画」には朗読が付けられているからだ。朗読の多くは、投稿者が無料の音声ソフト(通称棒読みちゃん・ゆっくり)で作成している。背景画像やSEが挿入されている動画もあり、その辺は投稿者の努力とセンスによる。

視覚効果で成功した事例として浮かぶのが、日本将棋連盟公認のオンライン将棋ゲーム、「天下一将棋会」と「将棋ウォーズ」だ。画面が地味、変わり映えがしない、退屈、古くさい、年寄りの遊戯、そんな将棋のネガティブイメージを粉々に打ち砕く画期的なゲームだ。

天下一将棋界

タッチパネル方式で、一手指す度に駒が輝き、戦法や囲いを行えば派手なのに美しく風流なイラストや効果音が発生する。将棋革命とも言える大胆な挑戦で、将棋の伝統や品格に反する可能性もあったのに、公認した日本将棋連盟には敬意を払いたい。

「文字を読む動画」はユーザーニーズから自然発生し、「天下一将棋会」は関係者の知恵と努力が生み出した。新たな媒体を用い、それに応じた付加価値を付けることで、元々本を読み将棋を指す人々のみならず、それ以外の層にも支持を広げることに成功した。

それに比べて電子書籍はどうだ。コンテンツの付加価値は、「文字が拡大できて読みやすいです」くらいなもので、読者ニーズに応える創意工夫の欠片も無い。携帯端末で本が読める、ただそれだけ。猫に小判、出版業界に電子書籍である。

④ 「本」の常識・概念を壊す

枕や踏み台や鍋敷きにも使うこともあろうが、基本的に「本」は「読むもの」だ。それ以上でも以下でもない。出版業界は電子書籍を本の延長線に捉えているが、本と電子書籍は似て非なるツールと考えるべきだ。電子書籍は本ではない。本に似た新しい「何か」だ。

「何か」を「新しい本」とするのなら、その新しい本は「読む」だけでなく「見る」ことも「聴く」ことも出来る本である。SNSと絡ませれば、「一人で読むもの」という常識も消滅するかもしれない「本」である。可能性は無限だが、業界の常識と慣習に囚われては可能性ゼロだ。

上で「本を読む人の一定割合が電子書籍端末に移行する」と書いたが、「新しい本」を確立すれば「新規客層」も開発できる。「本は読まない」けど「新しい本は見るし聴く」、そんな潜在需要が絶対にある。無ければ作り出せ。ケツに火がついた状態で泣き言ぬかすな。

今本屋に入ると、その景色は20年前と全く変わっていない。昔の本屋で注文して1週間待たされた本は、今の本屋で頼んでも1週間待たされる。陳列方法も同じで、本の探しにくさは何も改善されていない。もちろん、「本」そのものの作りも同じだ。

まるで時間が止まったかの様で、これほど変化してこなかった業界が他にあるだろうか。で、「今度こそ電子書籍がブレイクする」だって?。何の努力も工夫もしていないくせに笑わせるな(笑)。今のままでは、間違いなく電子書籍は衰退する。

言うまでもないことだが、出版業界自体の未来もお先真っ暗である。




読売:電子書籍、わざわざ店頭販売…出版業界の狙いは
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20140707-OYT8T50143.html
 書店で電子書籍のカードを陳列販売する実証事業が、東京・秋葉原など4か所で行われている。実際の書店と、インターネット配信で電子書籍を販売する複数の電子書店とが共同で行う初の試みという。だが、電子書籍の売りの一つは、どこでも本が買えること。なぜわざわざリアル書店で販売するのだろうか?(小林佑基)
 有隣堂ヨドバシAKIBA店。文庫本サイズの電子書籍販売用カード「BooCa(ブッカ)」が約2100タイトル分も並んでいて壮観だ。33の出版社が参加して漫画や新刊小説などを出し、池井戸潤さんや山崎豊子さんらの人気作品も多い。ブッカの表面は本の表紙が印刷され、裏面にはバーコードや価格などが記されている。客は購入後、電子書店「楽天kobo」と「BookLive!(ブックライブ)」のうち、好きな方を選んでダウンロードできる。
 この事業は、出版業界の団体で作る「日本出版インフラセンター(JPO)」が、書店活性化のために作った「フューチャー・ブックストア・フォーラム」が行う取り組みの一つ。ほかに、三省堂書店神保町本店(東京都)、豊川堂カルミア店(愛知県)、今井書店本の学校今井ブックセンター(鳥取県)も参加する。
 6月16日から11月21日までの事業だが、JPOは終了後も続け、参加するリアル書店や電子書店を募る方針だ。この事業に合わせ、講談社は7月から、月に数点ずつの電子書籍を楽天とブックライブで先行販売。PHP研究所も、紙の本が存在しない電子書籍(ボーンデジタル)を両電子書店で先行販売する。
 だが、どうして電子書籍をリアル書店で販売するのだろうか。JPOの永井祥一専務理事は、「(現在の)電子書籍の選び方は読書の幅を狭める一面がある」と説明する。つまり、自分で本を検索する電子書籍の場合、たまたま見かけて購入するということが起こりにくいというのだ。こうした予期せぬ発見を、カードの陳列販売によって演出するのが今回の狙いだ。
" また、電子書籍の未利用者らに書店員が使い方を教えたり、利用を勧めたりする目的もある。さらに、紙の書籍と割引した電子書籍のセット販売など、新たな販売方法の確立も視野に入れている。
 だが、事業の基礎となる2012年の調査報告書には、厳しい現実も。読書好きの約1000人に対するアンケートでは、「書店で本を見た上で、電子書籍を店頭でダウンロードできたらどう感じるか」との質問に対し、最多の回答は「書店に行ってまでダウンロードしようとは思わない」(34・1%)。「ぜひ利用したい」は5・6%にとどまった。「電子書籍を利用したいと思わない」(28・4%)「分からない」(21・1%)と答えた人々へのアピールが、成功の鍵となりそうだ。・・・"





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2014-03-31 21:19

政治無関心のススメ

久しぶりの更新だ。ブログ更新が出来なかったのは、仕事が猛烈に忙しかったせいもあるが、私生活で引っ越しをしたことが大きい。新居(賃貸)の回線工事が終わり、ようやくネットに繋がった。引っ越し作業も仕事も一段落、生活は少しずつ落ち着きを取り戻している。

3月に引っ越しなどしたくはなかったが、諸事情により避けられなかった。案の定、繁忙期の引っ越し業者はどこもボッタクリ料金で、頭にきたから運ぶに大変な白物家電は全て廃棄&買い換え(どれも15年選手だけどネ)、残った荷物を自分達でエッチラオッチラ移した。

引っ越し業者には苛つかされたが、輪をかけてろくでもなかったのが各種施工業者や粗大ゴミ引き取り業者だ。ネットで良いことばかりうたう業者はほぼ100%悪質、ゴロツキのごとき横柄傲慢な連中との不毛な応酬はひたすら不愉快で、凄まじくストレスが溜まった。

今後引っ越す人にアドバイス。「各種施工業者や産廃業者はお役所絡みが間違いなし」。例えば内装業者なら、公務員宿舎の原状回復を任される業者だ。公務員宿舎は頻繁に原状回復工事を行うので、必然的に悪徳業者は排除され優良業者が残る。

ただ、お役所に聞いても出入り業者は教えてくれないかもしれない。特定業者への便宜供与になるからだ。no-risuの場合、たまたま近隣の公務員宿舎に来ていた業者の車を発見し社名をメモった。あとは、その業者から優良業者を芋づる式に紹介してもらえる。

優良業者の傾向として、地元に密着した中小零細、家族・兄弟・夫婦等で経営される会社が多かった。悪徳業者に心がささくれだっていたno-risuは、良心的な地元密着業者に心から癒やされ、値段交渉はせず全て見積もり一発OK、感謝の言葉を添えて代金を払った。

業者探しに悪戦苦闘していた頃、仕事でも多大なストレスを抱えていた。忙しかったのは、取引先のミスが連発しサポートに奔走させられていたからだ。しかも、その内いくつかは事業計画が頓挫した。さらに、仕事の出来ない無能上司にブチ切れて喧嘩になった。・・・ハァ。

さて、そんな荒んだ毎日を送っていたわけだが、ブログを更新しない間もニュースを見たり新聞を読んだり、一応は世の中の動きについて情報を得ていた。情報確認はno-risuの習慣であり、惰性で新聞をめくり、テレビをつけ、スマホで2chを覗いた。

正直、ろくでもないニュースばかりでウンザリした。稚拙な野党による与党批判やNHK人事批判、竹富町の是正命令無視、中韓首脳の日本批判、ダメリカ、消費税と生活不安、ワタミとみんなの渡辺、反原発プロ市民、溢れる偏向報道、不快な情報ばかりだった。

政治問題は個人的な関心事項だが、ある種の義務感の存在も否定できない。今でこそマスコミの信用や権威は失墜気味だが、no-risuは「漫画ばかり読むと馬鹿になる、新聞を読め、ニュースを見ろ」「社会人なら政治くらい知っておけ」と教育を受けた世代だ。

だから、政治に無知・無関心な人間を見ると、義務を果たさぬ無責任な大人に感じ、軽蔑に似た感情すら沸き起こる。でも、これは正しい価値観ではないかもしれない。どうせオレ達は庶民、政治とかどうでも良いじゃん!、なんて生き方もアリだろう。

だって、新聞を読んでもニュースを見てもイライラするだけで、毎日毎日イライラするために新聞を買ったりテレビをつけるなんて馬鹿馬鹿しいじゃないの。それなら、新聞ではなく小説を読み、ニュースではなく映画を観れば、どれだけ豊かで平穏な人生が送れるか。

以前からぼんやりと考えていたことだが、最近は心身ともにゆとりがなく切羽詰まった生活で、なおのこと強くそう思った。クソ忙しい中で、わざわざ不機嫌になるために新聞を買う(しかも朝日!)とか、「お前はマジでマゾじゃないのか?(笑)」と冷笑する自分がいた。

政治なんて薄汚い世界に、人生の貴重な時間を割いてまで向き合う必要は無い。もっと世の中の楽しいこと、美しいものだけに向き合えば良い。だから、こんなブログを読む暇があるのなら、花見に出かけるとか、GWの予定でも立てることをお勧めする。

まあ、no-risuは今さら生き方を変えられそうにないけれど。




テーマ:政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル:政治・経済

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