2017-05-15 21:02

子供の貧困報道、「奨学金で教師の夢を断念」は事実か?


沖縄タイムスが、流行の「子供の貧困」をテーマに記事を書いていた。貧困な子供が何人か登場して苦境を訴えていたが、その内の一人、奨学金地獄に陥った「ユウセケ君」の話は釈然としないものだった。ユウスケ君の状況は以下のとおり。

・生活保護の母子家庭で育つ。

・教師を夢見るも進学費用が無く諦めていた。

・奨学金を知り県内の大学に進学。

・借入額は上限いっぱい12万円/月を48ヶ月間。

・3年生のとき返済額を知り愕然、教師を断念し県内企業狙いに転向。

・返済額は奨学金500万円+利息280万円。

・返済計画は3.3万円/月を20年間。


いかがだろう。何かおかしくないか。

まず、借り入れ総額は500万円でなく576万円だろう。返済額は780万円でおおよそ合っているが、利息分は280万円でなく200万円である。「ボクは貧困の被害者です」とアピールしたいのだろうが、こういう姑息なサバ読みは感心しない。

次に、返済額を知った時期だ。記事によると、ユウスケ君は大学3年生のときに、奨学金説明会で手渡された明細書により、返済額780万円の現実を知ったとされる。は?、何言ってんの?(笑)。返済総額など、最初から分かっていたはずだ。

借入れ総額は掛け算ができれば計算できるし(12万円×48ヶ月)、利息は当然公表されているし、最初に返済プランも説明されるだろうし、説明されなければ自分から確認を求めるだろう。「3年生のとき知った」との主張は、実にウソ臭い。

そして、最も理解しがたいのが、「返済がきついから教師を断念して、就職先は県内企業を選ぶことにした」という説明だ。夢のために借金して進学したのに、その借金がきついから夢を諦めるとか、本末転倒も甚だしい。アホかと。

百歩譲って、その説明に経済的な合理性があるのなら、まだ理解する余地はある。しかし、とてもじゃないが合理性は見出せそうに無い。確かに返済は厳しいけれど、教師になれば十分にやっていけるだけの給与は確保できるはずだ。

教師の初任給は19万7千円、4.2ヶ月分のボーナスも2年目から満額支給される。以後、基本的に給与は増え続ける。また、残業代代わりに自動的に4%上乗せされるし、通勤手当や住宅手当もあるし、福利厚生もそれなりに手厚い。

この条件で、月3万円の返済は夢を断念せざるをえないほどの負担と言えるのか。沖縄の平均年収は全国でもワースト1位なのだが、教師以上に儲かる一流企業が県内にどれほどあって、そこにユウスケ君が内定を得られる見込みはどれほどあるのか。

記事には「県内の大学に進学」としか書かれていないが、沖縄県内で教育学部があるのは琉球大学だけだ。教師になるために進学したと説明している以上、ユウスケ君の進学先は琉球大学の教育学部で間違いあるまい。

琉球大学も悪い大学ではない。普通の国立大学だ。しかし、県内の一流企業を狙う場合は本土の高学歴者達と席を争うことになるし、教育学部であることも就職に有利とは言えない。志望動機も所詮は金だ。ユウスケ君に勝ち目はあるのか?。

はっきり言おう。no-risuは疑っている。

ユウスケ君が教師の道を断念したのは、単にユウスケ君の実力不足だからではないのか。教師だって狭き門だ。大学3年生になり、自分は教師になれそうにないと悟った。でも、それを素直に認めるのは恥ずかしい。多額の借金も背負ってしまった。

だから、奨学金と貧困に責任転嫁して自己正当化に走ったのではないか。本当は、自分の実力不足が原因で教師になれないだけなのに、「貧困と奨学金のせいで夢が絶たれました!」と被害者面しているだけではないのか。

もし違っていたら、ユウスケ君には申し訳ないエントリになったと思う。しかし、もしユウスケ君が事実を述べているのなら、悪いことは言わない、今からでも夢である教師を目指すべきだ。ひょっとしたら、もう手遅れかもしれないが。




沖縄:千円ちょうだい」働けぬ病の父、気遣う男児【沖縄 子どもの貧困】、より抜粋
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/22479
▽奨学金返済780万円
 返済予定額780万円。大学3年の奨学金説明会で、手渡された明細書を前に、県内の大学に通うユウスケ(23)は頭を抱えた。
 高校生のころ両親が離婚し、パートで働く母親と2人暮らし。教師になる夢があったが、家計は苦しく、大学は無理だと諦めかけた。恩師から奨学金制度があることを教えられ、進学の道を選んだ。
 入学と同時に、有利子の奨学金を借りた。最大額の月12万円。学費と生活費に充て、それでも足りないので、アルバイトを続けた。"
" 卒業までの借入額は500万円。これに280万円の利子が付く。
 返済のため、教師の夢は諦め、県内企業への就職を決めた。入社半年後から毎月3万3千円の支払いが20年間続くことになる。「終わらないマラソンを走るような気分。人並みに結婚して家族をつくれるのかな」。暗い表情でつぶやいた。"





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2016-08-25 20:59

「相対的貧困」と「貧困」は分けて考えるべき


貧困レベルを表す指標の一つに相対貧困率がある。あくまで「相対的」だから、相対的貧困層に分類された人であっても、必ずしも「国や社会の助けが必要なほど困窮した経済弱者」というわけではない。というか、多くは普通に暮らせるレベルの人々だ。

年収1000万円の世帯でも、年収1億円の世帯と比べれば相対的な貧困層になる。世帯人数によっては、年収1000万円の世帯が年収500万円の世帯と比べて相対的貧困層になることもある(世帯人数が増えると相対的貧困レベルは上がる)。

日本の相対的貧困率は可処分所得で算出されるから、莫大な預貯金や豪邸があっても、可処分所得さえなければ相対的貧困層にカウントされる。日本から見れば全員極貧の途上国でも、相対的貧困を用いれば、その国の中では多くが「貧困でない」となる。

最近、やたらと「子供の貧困」という言葉を見聞きする。OECD諸国の中で日本の子供の貧困率はワースト8だとか、片親ならワーストだとか、子供の6人に1人が貧困だとか、そういう話だ。似非人権派の流行が、ナマポから子供の貧困に移ったらしい。

そういった報道があると、たいていは情報の受け手に疑念の声がわく。「そんなに大勢いるの?」、「あまり実感しないけど・・・」、みたいな。すると、心優しい人権派メディアや有識者様は、「見えない貧困を感じろ、この低脳ネトウヨが!」、とお怒りになる。

情報発信側の人権派様は、疑問を抱く人々をネトウヨ的特定市民に矮小化するが、この認識のズレは必然的に起きている。普通の人ならば、ほとんど誰でも同じ事を感じるはずだ。何故ならば、人権派様は「相対的貧困」を「貧困」と言っているからだ。


↓普通の人の思い浮かべるであろう「貧困」の例
世界貧困写真展入賞作品


↓人権派が同列に扱う「相対的貧困」は「貧困」と呼ぶべきか?
相対的貧困


普通の人の感覚として、「貧困」は極めて貧乏な人々を指す。ドラマ「家なき子」の安達祐実だったり、一家離散して公園で暮らしたお笑い芸人の田村だったり、漫画お坊ちゃまくんの貧ぼっちゃまだったり、浦安鉄筋家族の仁だったり、そういうのが貧困だ。

必要最低限の暮らしもままならず生活保護受給に値するレベル、それくらいが我々一般人のイメージする貧困であり、またそのレベルが貧困の本来の定義であり、相対的貧困を貧困として扱う人権派様とは、基本的な認識が根本的に異なるわけだ。

つい先日、NHKが「子供の貧困」をテーマにした番組を放送した。ところが、番組に出演した貧困家庭の女子高生にニセ貧困疑惑が浮上して、「またNHKがやらせか!」、「また弱者様詐欺か!」等とネットを中心に大炎上してしまった(まだ炎上中?)。

それらの批判に人権派様は大変お怒りの様子だが、no-risuは「そりゃ炎上するだろw」と思う。出演した女子高生は持ち物も食生活もそこそこ普通で、確かに相対的貧困かもしれないが、多くの視聴者が考える貧困ではなかったのだから。

一般視聴者は、極貧を想像して心を痛めていたのに、実は極貧ではなく私立大に行く金が無い程度の少々貧しい女子高生で、しかも勉強やバイトより紅い政治活動に熱心となれば、誰だって「騙された!」、「気持ちが踏みにじられた!」、と思うだろうよ。

人権派様はナマポ世帯を貧困世帯とするが、大多数の一般人は貧困世帯と考えない。生活保護を受給した時点で、その世帯は貧困層ではなくなる。そして、理屈で考えれば後者の方が妥当で、人権派様の思考は感情的な個人的主観にすぎない。

人権派様は、相対的貧困層をまるっと貧困扱いする杜撰を改めるべきだ。お前らにとって貧困層は多ければ多いほど都合が良く、日本は貧困層に溢れた悲惨で無慈悲な国であらねばならないのかもしれないが、それは現実と乖離している。

だから、現実を生きている圧倒的多数の一般人から、人権派様に疑念と不信の視線が向けられる。その現実を認めたくないのか、認識出来ないのか知らないが、異論者にネトウヨのレッテルを貼って、偉そうに自己正当化しても、全くの無意味と知れ。

そして、人権派様のせいで民心が貧困問題から離れていけば、本当に助けるべき貧困層が最も不利益を被る。NHKに出演した女子高生など、まさしく人権派様の被害者であろう(本人が人権派様側で、自業自得の可能性もありそうだが)。

貧困層を助けたい気持ちが本心なら、人権派様は直ちに態度を改め、相対的貧困と貧困はしっかり別物として扱うべきだ。



BJ:NHK特集、「貧困の子」がネット上に高額購入品&札束の写真をアップ!部屋もモノで溢れ
https://news.nifty.com/article/item/neta/12111-26601/
"NHKがまたやらせ問題で揺れている。
 先日放送されたニュース番組の「子どもの貧困」をテーマにした特集のなかで取材を受けた女子高生が、本人のものと思われるツイッター(現在このアカウントは削除)上で「イエス!!!散財!!!!!」などという書き込みとともにマンガ作品のグッズなどの高額商品の購入写真を多数アップしていることが発覚。番組視聴者からは「パソコンやエアコンを買うお金もないと言っていた貧困家庭なのに、こんなものを買う余裕はあるのか?」と報道内容に多くの疑問の声が寄せられている。
 さらにはツイッター上に彼女の同級生と名乗る女性から、彼女の日頃の素行の悪さを暴露するものやNHKのやらせを示唆する内容のリークが行われ、そのあまりの内容にインターネット上では「こうした嘘が貧困をさらに貶める」「こんなことをするからNHKの受信料を払いたくない」と怒りの声で溢れており、出演した女子高生の住所まで特定する、いわゆる「祭り」状態になっている。
 そうしたこともあってか、特定された女子高生の自宅まで押しかける人々が後を絶たないようで、今度はツイッターで姉を名乗る女性から「妹は何も嘘をついてません。高価な物は私が全部買いました。家に行くのは本当にやめてください」との書き込みがなされた。
 しかしこのツイートが火に油を注ぐことになる。「エアコンじたい家に設置されていません。1台も」との発言に対し、放送された映像ではエアコンが映っていたことを問いただされると、「電気代節約のためにつけませんでした」と苦しい言い訳で発言を修正し、「夏場で室温は高いはずの部屋で窓を締め切って撮影していたのは、エアコンを使っていたからではないか」とNHKのやらせ疑惑を補強することになってしまう。さらには過去にアップされた画像に数百万円単位の1万円札を手に持ったものが見つかり、援助できる近親者がいるにもかかわらずなぜ貧困に陥っているのかと、疑惑は収束するどころかいっそう深まる一方である。
 今回の疑惑に対しNHKに問い合わせのメールをしてみたところ、
「NHKとしては、厳正な取材をして、家計が苦しく生活が厳しいという現状であることは間違いないと、担当者から報告を受けています。
 ですので、ネット等に関しましては、取材の範囲ではありません。但しご意見は担当者に伝えます」
 との回答を得た。
 確かに報道した内容にいくつもの嘘が見つかったからといって女子高生の家庭が貧困ではないとの証明にはならないが、貧困が事実だとしてもツイッターでの女子高生の生活ぶりからすると社会の問題ではなく、浪費癖という個人の問題のように感じられる。
 取材の映像でも、少女の部屋はモノで溢れており、エアコンがないと言っているにもかかわらず女子高生の部屋にはエアコンらしきものがしっかりと映っている。それでもNHKは貧困家庭として疑問を持つことは本当になかったのか。なかったとしたら取材力の低さに問題はないのか。
 貧困は社会が抱える大きな問題だが、だからといって報道でそれを捏造してしまえばたちまちに矮小化されてしまう。NHKは一連の疑惑にどう対応していくのか、今後の動向を注視したい。"








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2014-09-02 21:48

イギリス式貧困対策は日本でも通用するか


可処分所得平均の半分を下回る世帯(=相対貧困世帯)で暮らす子供の割合を示す「子供の貧困率」について、2012年は16.3%と過去最高を更新した。一人親世帯での貧困率は54.6%で、いずれもOECD諸国中で最悪の水準らしい(ホントかよ)。

この結果を受けて、政府は「貧困対策大綱」を閣議決定したが、東京新聞は9月1日の社説で「当事者らが強く求めていた施策の多くが盛り込まれなかった。せめて貧困率削減の数値目標くらいは示せ」、と厳しく批判した。

「当事者らが強く求めていた多くの施策」の具体的内容は不明だが、数値目標の方は「イギリスが数値目標を掲げて貧困率削減に成功した実績がある」と書かれている。なるほど、成功した前例があるなら参考にするべきだろう。

ただ、当然ながら重要なのは「数値目標」ではなく「取組の中身」だ。東京新聞は数値目標に強い拘りを見せているが、着目すべきはイギリスの数値目標ではなく政策の中身であろう。では、具体的にイギリスはどの様な取組を行ったのか。

以下に内容を確認しつつ、日本がイギリス式貧困対策を模すべきか考察したい。


・始まりは1999年、かなりの成果あり 

1999年、イギリスのブレア首相は貧困撲滅を掲げ、当時約350万人いた貧困世帯(相対貧困世帯)の子供を2005年までに100万人削減する目標を設定、およそ80万人の改善を達成した(ちなみに日本の貧困世帯の子供は平成22年で323万人)。

なお、2005年の目標は通過点に過ぎず、最終的には2020年までに貧困をゼロにする数値目標が設定されている。さすがにゼロにはならないだろうが、ショボイ目標でお茶を濁すよりは、ドデカい目標に突き進んだ方が実績も上がることだろう。


・貧困対策の要は「地域再生」 

貧困撲滅のため、イギリスは「地域再生」を主眼に据えた。貧困地域をリストアップし、人員と予算を集中させる作戦だ。地域再生が掲げられた理由は、イギリスの地域間格差が日本では考えられないほど凄まじいからだ。貧困地域がわんさか存在する。


map.gif

2008年に「児童貧困撲滅キャンペーン(Campaign to End Child Poverty)」が公表した統計によると、地域別比較のワースト10は、子供の居る世帯の貧困率が軒並み70%を超える。ちなみに、最低はバーミンガム・レディウッドの81%だ。

しかも、10地域全てで貧困世帯の半数以上が無職である。イギリスにおける貧困撲滅において、貧困地域の根絶(=地域再生)が選ばれたのはそういった背景がある。そして、イギリスは対象とする再生地域に39カ所を選定した。

この時点でイギリス式貧困対策は参考にならない気配が濃厚だ。背景が違いすぎる。


・10年間で20億ポンドを集中投下 

再生地域39カ所を選定したイギリスは、貧困対策費用として各地区5000万ポンド、総額20億ポンド(日本円で3400億円くらい)の予算を集中投下した(10年分)。これは中央政府の予算なので、地方自治体の独自予算も別にあるはずだが金額は不明。

20億ポンドの使途は、多い順に住宅及び付帯設備等4億3000万ポンド(31%)、コミュニティ経費2億4800万ポンド(18%)、教育2億3600万ポンド(17%)、就労支援1億6700万ポンド(12%)、健康1億4800万ポンド(11%)、犯罪対策1億3900万ポンド(10%)。

貧困者向けに住宅を整備したり、犯罪対策に多額の予算を投下することは、日本には馴染まないだろう。日本はすでに住宅設備や環境が整っているし、防犯面では交番もあり治安に問題は無いし、健康では皆保険制度が運用されている。

したがって、日本は就労支援と教育に絞って対策を打てる。イギリスより効率的に予算を集中させられそうだ。ただ、特定の地区に多額の予算を投入することは、横並び意識の強い日本社会に受け入れられるかは微妙な感じだ。たぶん無理だろう。


・目玉政策「コミュニティのためのニューディール(NDC)」 

再生地区を選定し、予算も確保した。では、その予算を誰がどう使ったか。これがイギリス式貧困対策の目玉、「コミュニティのためのニューディール政策(NDC)」である。NDCとは、一言で言えば「中央官僚と地域住民の協議会」だ。

中央政府は大筋の目標を示し、地域住民が政府の方針に沿って具体的な取組を考え実施する。中央官僚はお目付役で、要は地域住民の頑張りに頼る仕組みとなっている。

ちなみに、日本の「特区」とは全く異なる。日本の特区は行政区単位で規模が大きいのに対し、NDCは小規模な「地域」で、例えばロンドンだけでも9つのNDCが設置されていた(意外に思われるかも知れないが、ロンドンの貧困率はかなり高い)。

はたして、同じ事を日本で実施したらどうなるだろう。普通の人はNDCに参加する暇は無いだろうし、暇があっても面倒だから敬遠するのではないか。

必然的に、プロ市民とか弁護士とかマスコミとか共産党員とか、サヨク系の香ばしい人々の寄せ集めになるのではないか。そして、方々で内ゲバを起こしつつも制度を利権・既得権益化させ、さらなる予算や権限を要求する様になるのではないか。


・イギリス式貧困対策は真似しない方がよさそう 

ちょっと無理じゃないかな、というのが第一感。社会的な構造や国民性など、背景や土台がイギリスと日本では違い過ぎる。特に、日本の貧困世帯は局所集中のイギリスと異なり広く薄く分布しているだろうから、根本的な地域再生戦略がマッチしない。

貧困世帯を一カ所に集め、貧困対策特区化して集中支援すれば効果的に思えるが、まあ非現実的な案でしょうなあ。

地域住民が主体的に助け合う仕組みは民主党も掲げていたけど、何も出来ないまま3年が過ぎて退場してしまった。それで良かったのだと思う。結局のところ、自民党が進めている様に、地道な教育支援や就労支援が妥当かつ無難な対策ではなかろうか。




参考資料1:イギリスにおける貧困への視座と対策(山本隆・関西学院大学教授)
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/19613703.pdf

参考資料2:英国における子供の貧困問題(Eikoku News Digest) ※日本語です
http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/7787-child-poverty.html

東京:子ども貧困大綱 改善の数値目標を示せ
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014090102000174.html
" あまりの中身のなさにがくぜんとする。閣議決定された子どもの貧困対策大綱には、当事者らが強く求めていた施策の多くが盛り込まれなかった。せめて貧困率削減の数値目標くらいは示せ。
 一日の主な栄養源は学校の給食のみ。貧しさから進学をあきらめざるを得ない。そんな子どもたちが少なくない現状だ。"
 平均的な所得の半分(年百二十二万円)を下回る世帯で暮らす子どもの割合である「子どもの貧困率」は二〇一二年、16・3%と過去最高だった。ひとり親世帯での貧困率は54・6%。ともに先進国の中で最悪の水準だ。
 大綱は「子どもの将来が生まれ育った環境で左右されることのないよう、必要な環境整備と教育の機会均等を図る」とうたう。立派な理念は並ぶが、具体的な施策は既存の事業をまとめただけだ。
 大綱の策定を義務付けた子どもの貧困対策推進法は昨年六月、全会一致で成立した。与野党超えた全党が、喫緊に取り組まなければならない課題という認識を共有したのではなかったのか。
 当事者や有識者が参加する政府の検討会は四回開かれた。当事者らが求めていたのは、貧困率削減の数値目標の設定のほか、ひとり親世帯への児童扶養手当、遺族年金の支給期間の延長や増額、返済の必要のない給付型奨学金の充実などだった。
 政府は、貧困率のデータには、資産などが勘案されておらず、実態を反映していない、などの理由で数値目標の導入を見送った。児童扶養手当や給付型奨学金の拡充は財源確保の問題に加え、「施策の効果をよく検討しなければいけない」として退けた。
 経済的に苦しい家庭の子どもに給食費や学用品代を補助する「就学援助」は、生活保護が引き下げられたことに連動し、一四年度、七十余の自治体が支給対象の所得基準を下げた。子どもの貧困対策に逆行している。
 「私が死んで保険金でももらった方が、子どもはお金の心配をすることなく大学に行ける」。民間支援団体のアンケートに、栃木県に住む四十代シングルマザーはつづった。
" 英国では、一九九九年、当時のブレア首相が、子どもの貧困撲滅を打ち出した。数値目標を掲げて、多くの施策を打った結果、貧困率の削減に成功した。
 日本の政府は熱意に欠ける。政治主導で最優先に取り組むべき課題だ。"




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