2012-07-11 21:25

教職員の非公務員化には賛成できない

・まずは独立行政法人化?
橋下維新の会が公表した「真・維新八策」にはろくでもない項目が大半を占めていたが、いまいちピンとこないのが「教職員の非公務員化」だ。文字通り教師の身分を公務員以外にするのだろうが、その将来像が浮かんでこない。

 

橋下市長は、「過度な身分保障が教職員を勘違いさせている」「身分保障に甘えて政治活動など不当な組合活動がまかり通っている」「自浄作用が働かない」等と主張しており、要は不届き教師の排除・組織正常化が出発点の様に見える。

 

非公務員化と言っても、公立学校をいきなり私立学校にするようなことは考えていないだろう。おそらく、独立行政法人の様な、一定の公益性を担保した組織形態が念頭にあると思われる。大阪市立小学校が、独立行政法人・大阪小学校になるわけだ。

 

 

・非公務員化すれば組合が強くなる

では、独法化すれば橋下市長が目指すように組織が健全化するのだろうか。学校の癌は労働組合(日教組)のはずだが、常識的に考えて、労働組合は非公務員化しても弱体化しない。逆に強くなると考えるのが自然だ。

 

非公務員化すれば、身分保障と引き替えに抑制されていた労働基本権が完全付与される。ストライキもやりたい放題だし、政治活動も大手を振って行うことが出来るようになる。国民に対する服務規程も大幅に軽減されるだろう。

 

当然、国家公務員法や地方公務員法の適用も受けない。みなし公務員規定で多少は縛ることも出来るだろうけれど、公務員としてあるべき倫理規定などは通常適用されない。

 

また身分保障撤廃に伴い、組合加入率は跳ね上がるだろう。日教組の組織率は年々減少しているが、組合を軽視していた教員も身分保障を失えば危機感を覚え必ず組合に加入する。そもそも、労働基本権獲得は公務員組合の悲願だ。

 

 

・見捨てない義務教育から切り捨てる義務教育へ?

学校選択制、教員評価制度導入、学習塾クーポンなどに見られる通り、橋下市長の教育手法は徹底した競争原理の導入だ。そこに教職員の非公務員化が加わるとどうなるか。

 

独法化された学校は各々業務運営方針を定め、基本的にどこの学校も学力アップを目指すだろう。私立学校の様に設備に金を掛けられない独法学校は、生徒を集めるため保護者にアピールする手段も限られてくる。

 

中には落ちこぼれの受け皿を狙う学校も出てくるだろうが、基本的にその様なブラック学校には優秀な教師も集まらないはずだ。二極化が進み、底辺学校にしか通えない生徒は事実上人生の敗者となる。しかし、橋下市長に言わせればそれも「民意の選択」だ。

 

 

・非公務員化より免許更新制度復活を!

教育現場の腐敗について、橋下市長は身分保障が諸悪の根源と主張する。本当にそうだろうか。はっきり言って、no-risuは身分保障害悪説は信じない。橋下市長も認めている通り、教師の大部分は真面目に働いている。

 

諸悪の根源は身分保障という制度では無く、制度を悪用して反日活動や政治活動に精を出す日教組だ。もしも橋下市長が、日教組教師を排除するために身分保障を外そうと考えているのなら、それは大きな間違いだろう。

 

組合弱体化や学校の正常化を望むなら、やるべきことは非公務員化などではない。日教組とズブズブの民主党によって形骸化された免許更新制度を、安倍晋三元首相が目指した本来有るべき形に戻せば良い。とても簡単な話だ。

 

 

・義務教育は行政の責任

教育は国民の義務だ。そして、義務を課す行政には教育を受けさせる責任がある。徹底した競争原理を主張する橋下教育は、国民に対して行政の責任を果たせる方法なのか。非公務員化すれば、より良い教育サービスになるのだろうか。

 

そうは思えない。非公務員化含む競争原理導入は、教育に対する行政の責任放棄だ。行政が負うべき責任を、市民や生徒に押しつけている。義務教育は行政が責任を持つべきであり、その担い手には奉仕者たる公務員が相応しい。

 

no-risuは、教職員の非公務員化に反対する。

 

 

 

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コメント

No title

いつも、ご高察を楽しみに読ませていただいています。
小生愚考しますところ、教育の根本の問題は大人が子供を甘やかしすぎているところが問題なのでは無いでしょうか。
右も左もわからず情報の取捨選択すら出来ない子供に、「権利、権利」といろいろなhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%25A2%25E3%2583%258E/" class="keyword">モノを与え過ぎていることが問題なのではと思います。
権利には必ずそれに伴う責任があります。かといって子供にその責任をとれるかと言えばとれるはずも無い。したがって子供の人権とはある程度の制約の中で最低限必要なhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%25A2%25E3%2583%258E/" class="keyword">モノだけを与えるべきなのでは無いでしょうか。
また、教員に対しても更新制度を受ける義務がある代わりに勤務上の権限をある程度与えるべきであるし、法的にも教員の職域を守るモノがあって良いと思います。
今回の滋賀の事件においても、モンスターチャイルドやペアレントにおびえる教師の実態のようなモノが浮かび上がります。
何かにつけ教師の対応を問題視しますが、教師が身動きできないようにしているのはマスコミであり世間であると思います。
子供を叱れないような環境にしてしまっていれば、このような事件は今後も起こり続けるでしょう。
善悪を教え考える力を育てられない教育は教育ではありません。今の教育はどちらかと言えば知識を詰め込むだけとなっているのでは無いのでしょうか。
うまく説明できませんが、社会に出しても恥ずかしくない人材を育てる教育機関にしていかなければいけないような気がします。
まとまりの無い駄文を長々と書いてしまい申し訳ありませんでした。
  1. 2012-07-11 22:35
  2. URL
  3. jimbein #79D/WHSg
  4. 編集

No title

To jimbeinさん
こんばんは。

教育の根本の問題は大人が子供を甘やかしすぎ、その通りだと思います。子供の権利条約やゆとり教育を推奨する日教組ら似非人権派、子供を躾ける事が出来ないDQN親、こいつらが日本の教育を阻害しています。

義務教育の子供に権利なんて馬鹿馬鹿しい話で、ゲンコツで分からせてやれば良いのです。権利を与えるのは、表裏一体である責任を理解してからで十分で、責任を理解する前に権利だけ与えるなどナンセンスですね。

しかし、教師に免許更新制度の対価など必要ありません。免許更新制度は教師における必要条件の確認に過ぎないからです。教師を守るものは、従前の法律で十分ですよ。

子供を叱れないなど教師を縛る風潮について、確かにマスコミの責任もありますが、それを一番望んでいるのは身内の日教組です。

責任の優先順位は、教員組織が一番上であることを忘れてはいけません。また、モラルなど社会常識を教える最大の責任者は親です。

大津市の事件は、親のモラル、似非人権団体、それらに逆らえない市教委と市教委の保身などが複雑に絡み合い、教育の一般論として語るには適切とは思えません。分けて考えましょう。

  1. 2012-07-11 23:31
  2. URL
  3. no-risu #79D/WHSg
  4. 編集

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