2012-08-03 22:41

公平・公正な調査の意味

大津氏皇子山中学のイジメ自殺事件に関して、越直美市長は第三者委員会に遺族側が要望していた3人を加える意向を示した。委員会は6人体制とし、委員就任の条件に「公平・公正な調査をする」とした承諾書の提出を求めるそうだ。

 

朝日:自殺検証の第三者委、尾木さんらに就任打診へ 大津市

http://www.asahi.com/national/update/0803/OSK201208030002.html

 

ふざけやがって。越直美、どこまでも卑怯な女だ。

 

おそらく、no-risduが怒っている理由を理解出来ない人は多いだろう。無理も無い。遺族側の提案を受け入れ、公平・公正な調査を求めるのだから、一般の善良な市民ならばむしろ越市長を褒めるだろう。越市長はイジメ問題に向き合っている、そう感じるはずだ。

 

しかしno-risuから見れば、越直美に問題解決の意思が無く、イジメと自殺の因果関係を認めたくないと考えていることは明白だ。その根拠は大きく二つ有るが、特に注目すべきは「公平・公正な調査をする」とした承諾書の提出である。

 

「公平・公正な調査」と聞けば、一般常識的に考えて「法を守り倫理的に問題の無い調査」を意味していると思うだろう。違うのだ。そうではない。越直美ら似非人権派にとって、公平・公正とは全く違った意味を持っている。

 

似非人権派における「公平・公正な調査」とは、「偏った調査をしない」「人権に配慮した調査を行う」という意味である。「人権」には、もちろん加害者の人権が含まれる。では、「公平で公正な調査」とは具体的にどうなるのか。

 

まず、イジメと自殺の因果関係を前提にした調査は出来なくなる。市・学校・加害者側は「因果関係無し」との立場で、因果関係を疑った調査は「被害者側に偏った不当な調査」とされる。加害者の3人を重点的に調べれば、「他の生徒との公平性に欠ける」と判断される。

 

 

分かりにくければ、死刑反対派のキチガイ弁護士や市民団体をイメージすれば良い。死刑反対派にとっての「公平」は、鬼畜殺人鬼と善良な一般市民とを同列に扱うことだ。理解に苦しむが、殺人鬼を特別扱いするのは「差別」や「人権侵害」と考える。

 

また死刑反対派にとっての「公正」とは、死刑制度反対を意味している。死刑反対派にとって死刑の存在は「悪」であり、その思想に反する意見は全て間違っていると考える。そして根底にあるのは、被害者を無視した加害者の人権擁護だ。

 

似非人権派である越直美の求める「公平・公正」とは、つまりはそういうことだ。被害者遺族が期待するような調査は行えず、一方で加害者の人権は守らねばならない。市は「因果関係も含め出来る限り明らかにしたい」と述べたが、そんなことは不可能だ。

 

被害者側が推薦した3委員と、市側が用意した3委員が対立するのは今から容易に推測できる。問題点の二つ目は、委員を6人にしたことだ。越直美は、当初は委員会の人数を2~3人としていた。6人に増やしたのだから良いじゃないか、と思った人は甘い。

 

越直美が6人に増やしたのは、それだけでは遺族側の推薦委員が市や学校に不都合な調査を実施しかねないからだ。いわば、市側の委員はお目付け役である。「常識的な調査」をされないように、「公平・公正な調査」をさせるための6人体制だ。

 

もともと第三者委員会になど何も期待していなかったが、これで僅かな可能性すら吹き飛んだ。委員会は4ヶ月かけて調査するらしいが、4ヶ月の無駄に終わるに違いない。そして、それこそが越直美や市教委や学校の狙いなのだ。

 

 

 

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