2013-05-28 20:23

「神の懲罰」問題、遺憾の意は謝罪に非ず

韓国の中央日報が今月20日、広島・長崎の原爆投下は「神の懲罰」と主張するコラムを掲載した問題で、執筆した中央日報論説委員は「(伝えようとした)趣旨と異なり、日本の原爆犠牲者と遺族を含め、心に傷を負われた方々に遺憾の意を表します」と釈明した。

 

このことについて、長崎原爆被災者協議会の谷口会長が「原爆は人の手によって落とされたもので、私たちが戦争の犠牲になったということは、少し考えれば分かること。反発を受けて謝罪するくらいなら、感情に任せて発言すべきではなかった」と批判した。

 

あまり語られることはないが、韓国の核兵器に対する考え方は独特だ。広島・長崎に落とされた原爆を、日本人なら非人道的な大量殺戮兵器と考えるだろうが、韓国では日本の植民地支配を終わらせた正義の鉄槌と考える人が多いらしい。

 

「神の懲罰」的な考え方は昔からあるわけで、中央日報が特別なのではなく、それが韓国という国なのだ。ちなみに、最近韓国では度々核武装論が提起されては否定されている。否定の理由は、韓国が核を持てば日本も保有すると恐れているからだ。

 

さて、キチガイ韓国の「神の懲罰」発言に対し、日本の被爆者団体が抗議するのは当然の反応だ。当然なのだが、長崎原爆被災者協議会の谷口会長は一つ重大な勘違いをしているようである。中央日報の論説委員は、断じて謝罪などしていないからだ。

 

谷口会長は、「反発を受けて謝罪するくらいなら」と述べていることから、中央日報の論説委員が謝罪したと受け止めている様だ。しかし、論説委員は「遺憾の意」を示しただけであり、「遺憾の意」に謝罪の意味は含まれていない。

 

「遺憾の意」は「残念な思い」のことで、不満を遠回しに伝える日本独自の意思表示だ。使われ始めた当初、諸外国には意味が通じなかったとか。で、韓国には遠回しに伝える配慮の文化など存在しないから、この場合はストレートに「残念」と訳せば良い。

 

つまり、論説委員の釈明はこう訳す。

 

論説委員の釈明

「本来伝えようとした趣旨と異なり、日本の原爆犠牲者と遺族を含め、心に傷を負われた方々に遺憾の意を表します。」

 

釈明の意訳

「日本に正しい歴史認識を直視させる趣旨なのに、何で話と関係無い被爆者が勝手に傷ついてるニカ?。勘違いされるなんて残念に思うニダ!。」

 

もっと簡単に言えば、「真意が伝わらなくて残念」と言っているだけだ。

 

よく日本の政治家が失言を犯すと、「誤解を与えたのなら申し訳ない」などと釈明する。あくまで誤解、発言自体には問題無いかの様な物言いで、謝罪しているのかしていのか良く分からない。しかし、中央日報の論説委員の「遺憾の意」はそれ以下だ。

 

そもそも主語が異なる。「誤解を与えたのなら(皆様に)申し訳ない」に当てはめれば、「誤解されて(私が)残念だ」と言っているに過ぎない。もしこの解釈が間違っていて、遺憾の主語が被爆者ならなおのこと最悪で、被爆者の理解力が「残念」ということになる。

 

いずれにしろ、谷口会長は「反発を受けて謝罪するくらいなら最初から言うな」と批判するのではなく、「さっさと謝罪しろ!」とブチ切れるべきなのだ。中央日報の論説委員は、未だに一言も謝罪なんてしていないのだから。ついでに賠償も求めればなお良し。

 

 

読売:「神の懲罰」問題、被爆者団体会長が釈明を批判

http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20130528-OYS1T00269.htm
 韓国紙・中央日報が今月20日、広島や長崎の原爆投下は「神の懲罰」などと主張するコラムを掲載した問題で、執筆者の論説委員が27日付の同紙に釈明する文章を掲載したことについて、長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)会長(84)は同日、「原爆は人の手によって落とされたもので、私たちが戦争の犠牲になったということは、少し考えれば分かること。反発を受けて謝罪するくらいなら、感情に任せて発言すべきではなかった」と批判した。
 論説委員は「(本来伝えようとした)趣旨と異なり、日本の原爆犠牲者と遺族を含め、心に傷を負われた方々に遺憾の意を表します」と釈明した。

 

 

 

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