2014-02-06 22:22

「追悼」と「分析」を「称賛」と「礼賛」にすり替えるマスゴミ

無題

長谷川三千子氏の追悼文全文

 神にささげるお供へもののほとんどすべては、人間がもらつても嬉(うれ)しいものばかりである。上等の御神酒(おみき)は言ふに及ばず、海山の幸やお菓子の類……。或(あ)るとき神社の奉納のお祭りをごく真近(まぢか)で拝見する機会があつたとき、ちやうどお昼を食べそこねて空腹で、目の前を運ばれゆくお供物に思はず腹が鳴つて恥ずかしかつた記憶がある。あゝ、さぞや神さまも美味(おい)しく召上るだらうなあ、と思つたものである。

 しかし神にささげることはできても、人間に供することは決してできないものがある。自らの命である。よく陳腐な口説き文句に「君のためには命をささげる」などといふセリフがあるが、言ふ者も聞く者も、そんなセリフを文字通りに信じはしない。もしも本当にさう言つて、女の前で割腹自殺する男がゐたら、(よほどの毒婦でないかぎり)喜ぶ女はゐないであらう。下手をしたら、精神的打撃をかうむつたと言つて遺族に賠償を請求するかも知れない。人間は、人の死をささげられても、受け取ることができないのである。

 人間が自らの死をささげることができるのは、神に対してのみである。そして、もしもそれが本当に正しくささげられれば、それ以上の奉納はありえない。それは絶対の祭りとも言ふべきものである。

 野村秋介氏が二十年前、朝日新聞東京本社で自裁をとげたとき、彼は決して朝日新聞のために死んだりしたのではなかつた。彼らほど、人の死を受け取る資格に欠けた人々はゐない。人間が自らの命をもつて神と対話することができるなどといふことを露ほども信じてゐない連中の目の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである。

 「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下は(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。

 野村秋介氏の死を追悼することの意味はそこにある。と私は思ふ。そして、それ以外のところにはない、と思つてゐる。



NHK経営委員の長谷川三千子氏が、朝日新聞社に乗り込み拳銃自殺した野村秋介氏に、「追悼文」を書いていたことが明らかになった。反日メディアや議員らは狂喜し、NHK経営委員がテロリストを「称賛している」「礼賛している」などと騒ぎ立てている。

しかし、この追悼文のどこが「称賛」「礼賛」なのだろうか。念のために言っておくが、「追悼」と「称賛」「礼賛」は全く意味が異なる。反日サヨクは日本語の不自由な人間も多いが、まさか「追悼=称賛・礼賛」などと勘違いしている阿呆はおるまいな?。

で、批判しているメディアらが称賛の根拠としているのは上記全文の赤字にした文章だ。

「野村秋介は神にその死をささげたのである。」

「わが国の今上陛下はふたたび現御神となられたのである。」


これのどこが称賛なのか。称賛ではなくて、「分析」し「説明」しているだけではないか。だいたい、自殺を称賛・礼賛するなどあり得ないことは、追悼の何たるかを理解していれば分かるだろう。もちろん批判的な意見も盛り込めない。当たり前だ。追悼文なのだから。

当該箇所が分析・説明であることは、最後に「野村秋介氏の死を追悼することの意味はそこにある。と私は思ふ。そして、それ以外のところにはない、と思つてゐる。」と書かれていることからも明らかだ。意味をすり替えて批判するとは、偏向報道・人権侵害も甚だしい。

長谷川氏だけでなく、安倍内閣が関与したNHK人事について、反日メディアや議員らによる悪質な誹謗中傷が相次いでいる。民主党の榛葉など、籾井会長に味をしめて長谷川氏と百田氏の参考人招致まで求めている。死ね。人民裁判ごっこもたいがいにしろ。

もっとも、これらは売国サヨク共の断末魔でもある。国民が安倍自民を選び、日本社会の潮目は変わった。あの時歴史が動いた。諦めよ。たとえ何人かの保守派NHK役員を潰しても、そんなことではもう日本は後戻りしない。今のうちに辞世の句でも考えておくことだ。

まあ、誰も追悼はしないが(笑)。


朝日:長谷川三千子氏、政治団体代表の拳銃自殺を称賛
http://www.asahi.com/articles/ASG2541VGG25UCLV00H.html
 NHK経営委員で埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏(67)が委員就任前の昨年10月、新右翼の著名な活動家で朝日新聞東京本社で拳銃自殺した野村秋介氏について、「神にその死をささげた」などとする追悼文を文集に寄稿していたことが5日、わかった。
 長谷川氏は安倍晋三首相が国会の同意を得て、昨年12月に任命した委員。首相の再登板を支援し、首相復帰後の昨年5月には首相公邸で食事をともにするなど近い関係で知られる。
 長谷川氏の追悼文は野村氏の自殺について「神にその死をささげたのである」「彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた」と称賛。野村氏の死によって、天皇が「(日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられた」と書いている。
 追悼文集は、昨年10月18日に東京都内で開かれた野村氏の追悼集会「群青忌」で配るために制作された。発行元は「野村氏の弟子の一人」という蜷川正大氏が代表の二十一世紀書院(横浜市)。機関誌「燃えよ祖国」の発行や野村氏の著書の出版を通じ、野村氏の思想の普及活動をしている。文集は、集会に参加した約500人に配ったという。
 蜷川氏は朝日新聞の取材に「(長谷川氏は)保守論壇で最も尊敬する学者の一人。先生の著書『神やぶれたまはず』を読んだか、は我々の合言葉」と話す。2000年に開かれた群青忌で講演してもらった縁があり、蜷川氏の方から寄稿を頼んだという。
 長谷川氏は朝日新聞の取材に「追悼文は個人の活動で経営委員とは無関係。野村氏と面識はないが、著述を読んで非常に重要な問題提起をしていると思った」と説明。言論機関である朝日新聞社内で野村氏が拳銃を発砲した行為も「メディアに対するテロや圧力でなく、精神的な意味を見いだすべきだ」と話している。
 放送法は、経営委員が個人の思想や信条を公にすることを制限していない。NHK経営委員会事務局は「個人の信条に関わることで、コメントする立場にない」としている。
 




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コメント

 籾井会長、百田経営委員の発言へのマスゴミと夜盗の火病を見ていて思うのですが、コイツ等ホントに報道の自由もNHKの中立性も理解していないようです。

 一旦国会で承認を得て任命された委員や会長の個人的な発言を政治問題化するって、それこそ政治圧力であり、報道の自由の侵害なのです。

 それが自分達の気に入らない発言をしたらそれが個人的な物でも大騒ぎって・・・・・。

 連中今まで自分達のやりたい放題やってきたので、中立とか公正とか言う事が理解できなくなっていたのです。
  1. 2014-02-07 12:51
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

To よもぎねこさん

こんばんは。

感覚がマヒしているだけならまだ救いようもありますが、連中の何割かはそもそも「公平」とか「中立」とかの概念が欠如しているように思えてなりません。

朝鮮人みたいに、良いか悪いか、上か下か、でしか判断できない人種なのではなかろうか、と。

で、民主党。この件で集中審議を求めているようですね。政策論争しろと(笑)。国会でやるなと(笑)。全く成長していませんねぇ。

  1. 2014-02-07 19:37
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

籾井会長は早く処分しないと安倍内閣が危うい。
もう少し賢い人選をした方が良いと思うけどね。

追悼文を読んだけど、自殺を美化しているように
読める。この文章を今上天皇が読んだら、全力で
否定すると思う。是非今生天皇のご感想を聞いて
みたいものだ。
  1. 2014-02-27 16:27
  2. URL
  3. 名無しクマー #-
  4. 編集

To 名無しさん

こんばんは。

安倍内閣は今のところ大丈夫です。会長も総理も官房長官も総務大臣も、ブレることなく軽く受け流していますし、内閣支持率も党支持率も好調です。危ないのは、攻撃に折れて譲歩するときですね。譲歩するくらいなら、その前に会長を切った方がマシです。

追悼文ですが、私も美化しているように思います。仕方ないですよ、追悼文なのですから。また、陛下も自分のために自殺して命を捧げられても喜ばないと思います。陛下の心情は私達が勝手に推しはかるべきものではないと思いますけど、常識的に考えてそうですよね。


  1. 2014-02-27 18:31
  2. URL
  3. no-risu #-
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