2014-03-10 21:24

安全神話は反原発派が生み出した

福島原発事故発生後、反原発派は盛んに「安全神話の崩壊」を叫び、安全神話を作った政府や電力会社等に「原子力村」のレッテルを貼った。しかし、推進派でも末端木っ端役人や地方議員ならいざ知らず、経産省や電力会社が「絶対安全」等と言うわけが無い。

何故ならば、この世に「絶対」などあり得ないからだ。技術者・科学者・官僚といった人種は、「絶対」なんて絶対に言わない習慣を身につけている。ならば、「安全神話」なる言葉はどこから生まれたのか。答えは簡単で、反原発派の妄想が生み出した。

反原発派は原発の危険性を指摘してきたが、政府や電力会社は一々科学的・技術的な根拠による説明を返した。しかし、おしなべて知的水準の低い反原発派には、科学的・技術的な説明が理解できず、理解しようともせず、だからまともに反論も出来なかった。

結果、「何を言っても安全性の根拠を示される→何を言っても危険性を認めない→危険性は全く無いと言うことか?→安全神話だ!」、と脳内変換した。信じられない人もいるだろうが、例えば7日の毎日新聞のコラムには、放射脳の思考パターンが色濃く表れている。

発信箱:単純な「安全」=青野由利(専門編集委員)
※全文は最後に掲載しておきます。読む価値は無いですが。
http://mainichi.jp/opinion/news/20140307k0000m070105000c.html
 原発過酷事故以来、こだわっていることがある。「原発の安全性を確認する」という言葉を使わないよう心がけることだ。
 原発に安全はない。あるのは、危険性の大小だけ。3年前の3月11日以降、何度も恐怖を味わって思い知った。だから、国のエネルギー基本計画の案を見ると、気分が落ちつかない。


一目瞭然だ。放射脳の思考では、「原発の安全性が確認された」と言えば、それすなわち「安全神話」となる。実際に原発の安全性の確認作業を行っているのに、それを安全性の確認とは考えてはならず、そういう言葉も使わないよう心がけるのだ。間抜け過ぎる(笑)。

「原発に安全はない。あるのは、危険性の大小だけ」。この意味分かりますか?。危険性を100%除去することは出来ない、それは間違っていない。しかし、この放射脳は原発限定で述べている。原発のみ、リスクゼロはあり得ないと考えているわけだ。

だから、彼女に「自動車の車検で『安全性の確認をする』」と言っても受け入れるだろうし、「食品加工施設が『衛生管理を徹底する』」と言っても問題視しない。安全神話などと批判しないし、自動車産業村とか食品産業村のレッテルも貼らないだろう。

しかし、原発でも車でも食品でも、何事においてもリスクゼロは不可能だ。安全性の確認は、リスクゼロを意味する言葉ではない。リスクの最小化だ。受益に見合うまでリスクを低減させれば、安全性が確認されたと判断して社会に許容される。

要はリスク評価なのだが、こんな簡単な理屈すら反原発派は理解しない。感情的な批判を繰り返し、リスクゼロを原発の前提に据え、推進派に「リスクゼロじゃなきゃダメなのに!」と噛み付き、説明や反論を試みれば「安全神話だ!」と被害妄想に陥る。

そして、安全神話を創り出した反原発派は、「安全神話という嘘をついた罪」で経産省や東京電力を糾弾した。理不尽極まりない。反原発派とは何と野蛮な連中であろうか。教えてやる。本気で原発を無くしたければ、デモよりパレードより、まずは勉強して知性を磨くことだ。

え?、「何から勉強したらいいか」だと?。そんなの日本語に決まっているだろ。以下に紹介する毎日新聞のコラムを見ての通り、放射脳の言語は意味がわからん。議論が成立する程度の語学力が無ければ、他の参考書を読んでも理解できまい。


毎日:発信箱:単純な「安全」=青野由利(専門編集委員)
http://mainichi.jp/opinion/news/20140307k0000m070105000c.html
 原発過酷事故以来、こだわっていることがある。「原発の安全性を確認する」という言葉を使わないよう心がけることだ。
 原発に安全はない。あるのは、危険性の大小だけ。3年前の3月11日以降、何度も恐怖を味わって思い知った。だから、国のエネルギー基本計画の案を見ると、気分が落ちつかない。
 先月まとまった政府原案では、原発の安全性の判断は原子力規制委員会に委ね、新しい規制基準に適合していたら再稼働を進める、となっている。つまり、規制委が「基準適合」といえば「安全」なのだから、そのまま「再稼働」、という単純な理屈。昨年末の素案も基本的に変わらない。
 それでいいのか。会見で規制委員長に聞くと「私どもは絶対安全とかそういうことは申し上げてない」「規制に適合しているかどうかは判断するが、それを踏まえて再稼働するかどうかには関与しない」。当然といえば当然の答えだ。
 問題は、新基準をクリアすれば安全と人々に思わせることだけではない。政府原案によれば、原発比率を含む電源構成は再稼働の状況などを見極めた上で出す。とすれば、規制委の判断が電源構成の決定を左右することになる。原発事故の最大の教訓は、「原発政策」と「規制」を切り離すことだったはず。なのに、規制と原発政策が影響しあうようでは、事故前に逆戻りしてしまう。
 政府が再稼働を進めるなら、その責任をすべて規制委に押し付けるのはおかしい。なぜ事故リスクを受容することにしたのか。事故が再び起きた時に、誰がどう責任を取るのか。原発過酷事故を経てから初めての基本計画は、それ抜きには作れないはずだ。




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コメント

その通りです

これ 言う人いないんですよね。

50年ほど前になりますか、確か週刊新潮に書いてありました。
原発がアメリカから導入されることになり、アメリカのマニュアルに沿って事故時の避難訓練をしようとしたら、反対派が押しかけて来て「訓練をすると言うことは事故が起きると言う事か?」と問い詰められました。
東電や政府は、起きるといえば そんな危険なものは作らせないといわれるので、事故は起きないと言わざるを得なかったと読んだことがあります。
  1. 2014-03-10 22:22
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  3. 八目山人 #-
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こういう人たちは

目をつぶれば世界はなくなると思ってるんでしょうねえ。

どんな場合もリスクはあるのであってそれをどう管理するかの問題なのです。
問題は単純、反原発派の総理大臣がリスク管理に失敗しただけです。
やな話ですがあの基地外が米国の支援を断った時にやな予感がしたのを覚えています。

あの人達は安全だと言い続ければ安全神話が生じ、危険だと言ってれば危険性が発生するのでしょう。自分たちの観念するところが常に生ずるのですがこれは中世を生きている人間の発想でしょうね。

歴史にない事実でも自分たちがそう考えればそうなるということを言うどっかの国の連中と相性はいいのでしょう。
  1. 2014-03-10 22:59
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  3. kazk #-
  4. 編集

To 八目山人

こんばんは。

反原発派は何かにつけて文句をつけてきますけど、ああ言えばこう言い返されて自滅して、自滅を認められなくて逆切れしたり火病起こしたりするんですよね。

で、50年前の新潮の記事は私は知りませんけど、本当ならば連中は50年前から進歩していないことになります。たぶんそうなのでしょうね。感情論でしか動けない思考回路の連中ですから、進歩とか進化とか、そういう変化はしないのでしょうねぇ。


  1. 2014-03-10 23:17
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  3. no-risu #-
  4. 編集

To  kazkさん

テスト
  1. 2014-03-10 23:41
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

To kazk さん

こんばんは。

返信したのですが、何故かエラーが出て投稿できませんでした。特定のワードが引っかかったのかと覆いましたが、何度見返してもそれらしき単語が無くて、システムエラーを疑いテストコメントをしてみたら、あっさり投稿できました。

う~ん、FC2のシステムはよく分かりません。


  1. 2014-03-10 23:44
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

こんにちは。

人命と言いながら子供を炎天下に引き回しデモをする。
沖縄に差別と言いながら米軍に対してヘイトスピーチを浴びせる。
本当に人命、人権、安全がTOPにあってそのために反基地、反原発を主張するなら問題ないですが彼らの言動、行動を鑑みると自分たちのイデオロギーがあってその正当性を主張するために人命、人権、安全と理由付けしているだけです。
彼らに共感できないのはそれらが見えるからです。
ちなみに元事故調の3人が
「規制委員で安全性が確認されたから再稼働というのは論理が違う」と指摘したそうですが何のための規制委員で安全確認なのか論理が違うのは彼らの脳みそです。
  1. 2014-03-11 07:24
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  3. kanon11 #-
  4. 編集

こんにちは。
自分もno-risuさんのブログやコメントで3年前のことを思い出しました。津波や宮城の大火災の映像を見て、怖くなって俺には関係ない、俺には関係ないと、布団をかぶって不安から逃げていたことを思い出しました。
でもそれは違う。地震で亡くなり、また人生を狂わされた人たちに忘れずに関心を持っていかないとと思う事が出来ました。
ありがとうございました。
  1. 2014-03-11 21:02
  2. URL
  3. azarash #-
  4. 編集

こんばんは。

>先月まとまった政府原案では、原発の安全性の判断は原子力規制委員会に委ね、新しい規制基準に適合していたら再稼働を進める、となっている。つまり、規制委が「基準適合」といえば「安全」なのだから、そのまま「再稼働」、という単純な理屈。昨年末の素案も基本的に変わらない。

自分達も分かっているのでしょうにねぇ。
これ以上何を求めようというのでしょうか。
彼等(特にマスコミ)は知っていて反原発を煽っているのでしょう。確信犯です。
  1. 2014-03-11 21:04
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  3. koguma #-
  4. 編集

To kanon11さん

こんばんは。

自分たちのイデオロギーがあってその正当性を主張するために人命、人権、安全と理由付けしているだけ、まさしくその通りですね。悪用しているとさえ言えそうです。

元事故調、今頃になってマスコミで色々と偉そうな講釈たれていますね。何を今頃。言いたいことがあれば現役時代に言えと。後から言うなと。自分の責任が無くなってから、今の責任者に文句垂れるとか、性根が腐ったクソ野郎ですね。


  1. 2014-03-11 21:23
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  3. no-risu #-
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Re: タイトルなし

こんばんは。

私は震災翌日から二日間、茫然とテレビを見続けていました。ず~っと見ていました。親しい人が死んだわけでもないのに、涙が止まりませんでした。睡眠をとったのかも記憶が定かではありません。

あの時感じた思い、目に映った映像の記憶、絶対に忘れたくないと思いました。それでも忘れてしまうのですが、忘れてはいけない、という思いだけは無くしたくないと思います。

  1. 2014-03-11 21:36
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  3. no-risu #-
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To kogumaさん

こんばんは。

これ以上何を求めるのか、もちろん全原発の廃炉でしょうね。それ以外の決定は受け入れないし議論にも応じない、全否定のみが正義なのでしょう。

もちろん確信犯なのですが、それを隠して屁理屈こねるからこんなおかしな文章になるのです。しゃらくさい連中ですよ。


  1. 2014-03-11 21:39
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  3. no-risu #-
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