2014-07-09 21:22

反原発デモはプロ市民の趣味


週末官邸前反原発デモの100回達成を皮切りに、札幌、長野、高崎、金沢など、全国各地の反原発デモが相次いで100回を達成している。同様の反原発デモは全国30以上の都道府県で行われているから、今後も定期的に「100回達成!」の報道を目にするはずだ。

御苦労なこった。「継続は力なり」とは言うが、反原発デモほど無駄な努力はない。花金を100回も市民活動に浪費して、「原発イラナーイ」と毎度同じ言葉を連呼して、自己満足以外に何か得るものはあったのかね。まあ、歩くから健康には良さそうだけどさ。

そもそも、デモとは市民らの意思表示が目的だ。政治や行政や社会に対し、自分達の主義主張を訴えるものだ。Wikipediaには、「デモ活動は、ある特定の意思・主張をもった人々が集まり、集団でそれら意思や主張を他に示す行為」、と説明されている。

意思表示が目的なのだから、短期間に100回も開催する必要性は無い。反原発デモは、県庁前や駅前など特定の場所で、特定の人々が行っている。100回も繰り返せば、市民も県庁の人間も「ああ、またやってる」「うるせーな」くらいにしか思わなくなる。

まさか、「100回もデモを行うとは感動した!」「君たちの熱意に応えたい!」、等と開眼する市民や職員も居ないだろう。プロ市民共は「継続すれば何かが変わる」と信じているのかもしれないが、現実的には彼らが期待する様な変化は起こりえない。

むしろ逆だ。過度のアピールは、人々を飽きさせ呆れさせるだけのマイナス効果しか生まない。100回達成をしたからと言って、そんなものを一々カウントしているのも喜び労うのも内輪の人間限定で、デモ本来の目的を置き去りにした単なる自己満足だ。

自己満足を目的としたデモ、それはもう趣味である。

趣味でやるならば、他人に迷惑を掛けない方法で実施するべきだ。反原発派の自己満足のせいで、周辺住民や歩行者は騒音や歩道占拠により一方的な不利益を被っている。サバゲーみたく、人里離れた僻地で好きなだけ行進なり絶叫なりすれば良い。

バンドに熱唱させたり、ドラムを叩いて行進するデモもあるが、興味が無いのに聞かされる人々への迷惑を考えたことがあるのか。デモの騒音・雑音はイヤホンの音漏れ同様に不快だ。放射能よりも、プロ市民が人々の平穏な生活環境を破壊している。

官邸前や県庁前や駅前はプロ市民のライブ会場ではない。公共の場である。真っ当なデモは権利として容認するけれど、趣味化したデモなどはた迷惑だ。自己中も大概にしろ。何が100回記念だ。客観的に見れば、偉業ではなく恥の垂れ流しだろうに。



信濃毎日:長野市で市民団体、脱原発の金曜デモ100回目
http://www.shinmai.co.jp/news/20140621/KT140620FTI090036000.php

朝日:石川)脱原発訴えて、100回目
http://www.asahi.com/articles/ASG6W6HT0G6WPJLB00V.html

東京:デモ「タカキン」100回 脱原発や集団的自衛権 思い思いに
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20140628/CK2014062802000184.html




関連記事
スポンサーサイト

テーマ:サヨク・在日・プロ市民
ジャンル:政治・経済

  1. 反原発
  2. TB(1)
  3. CM(0)

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

ケノーベルからリンクのご案内(2014/07/10 09:23)

長野市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。
  1. 2014-07-10 09:23
  2. ケノーベル エージェント