2014-07-28 21:58

新基準の中身を理解して批判しているのか?


川内原発が新基準をクリアして、反原発派の怒りの矛先は新規制基準にも向けられている。「再稼働ありきの審査」、「問題だらけの新基準」、「不十分で杜撰な審査」、とまあ言いたい放題だ。しかし断言できる。彼らのほとんどは審査の内容や実態を全く理解していない。

原子力規制委員会のHPには、各原発の審査状況が報告されている。どの原発の、どんな審査項目について、どういった議論が交わされているか、HPを見れば誰でも確認することが可能だ。あれを見れば、反原発派の主張が難癖に過ぎないと分かるだろう。

以前、審査状況を確認しようと何度かHPを開いた。民主党の組織した規制委員会は人選が怪しく、反原発ありきの理不尽な審査がなされているのでは、と疑いを持っていたからだ。結論から言うと、HPの情報確認は断念した。

断念した理由は、掲載情報が膨大だったからだ。専門知識が無ければ理解出来ない内容も多く、とてもじゃないが読み解く時間は無い。日本エネルギー会議(JEC)によると、提出書類は川内原発だけで何と8500ページにのぼる。

量が多いから良いとは言わないが、反原発派は何を根拠に「審査は杜撰で不十分」と判断しているのか。まあ、どうせ根拠なんて無いのだ。報告書を読んでいないし、読んでも理解出来まい。再稼働阻止の結論ありきで審査に難癖付けている、ただそれだけだ。

もう一点、JECが規制庁職員の興味深い証言を報じている。

「一部の規制委員が思い付きで無理難題を要求する。研究や開発のような意識が優先し、本来の規制機関としてのビジョンが見えてこない。」

ただでさえ膨大な審査作業において、一部の委員が審査妨害を行っていれば、そりゃ審査は遅々として進まないだろう。そして、審査妨害を働いていた不届き者とは、おそらく秋の人事で追放が予定される島崎邦彦委員である。

島崎は活断層問題でゴネまくった反原発派委員だ。電力会社が科学的知見に基づく膨大な調査報告書で「非活断層」と説明しても、「100%非活断層とは断言できない」と切り捨て、反原発派メディアは「活断層の可能性あり」と偏向情報を垂れ流した。

無の証明は不可能なのだが、島崎は「可能性があるから活断層」などとぬかし、さらに「非活断層でも周囲の活断層に引きずられて動く=活断層みたいなもの」などと主張し、何が何でも活断層の存在を譲らない姿勢で「審査」を行った。

そこまで言うなら島崎が証拠を示すべきなのに、やったことと言えば「フィールド調査」と言う名のお散歩で、しかも「活断層の可能性がある」と予め準備されていた見解を繰り返した。電力会社社員らの受けた精神的苦痛は想像に難くない。

時間稼ぎとしか思えない仮定の検証や悪魔の証明の要求、島崎が規制委員として不適格であることは明白だ。これは審査が健全に行われてこなかったことを意味しているのだが、反原発派メディアらは実態を知りながら国民に伝えようとしない。

反原発派メディアは、「審査が遅い」と不満を漏らす官邸や経済界の声を報じ、「原発推進派が再稼働に前のめりになっている」等と批判してきたが、実際に審査が遅すぎること、その原因となった膨大な枚数の申請書や一部委員の横暴については報じないのだ。

普通の人は、わざわざマスコミが報じないことまで調べない。興味・暇・発想等、調べる動機が無い。一方で、マスコミは「再稼働ありきの審査」、「市民から疑問の声」、「専門家も懸念」、等と批判を繰り返す。人々は深く考えずに、「そうなんだぁ」「みんな反対なんだぁ」と騙されてしまう。

同様に、反原発派も新基準の審査内容を知らない。反原発派の新基準批判は、ほとんどが「批判のための批判」だ。これを見破るには、まず先入観を捨ててみよう。「反原発派なら詳しく調べているはず」、「自分よりかは色々知っているはず」、といった先入観は直ちに捨てるべし。さすれば実像が見えてくる。

基本、反原発派はアホである。




JEC:規制委、規制庁を本格的に見直す時期がきている
http://enercon.jp/topics/7560/?list=focal
 原子力規制委員会の新規制基準に基づく安全審査で今年3月、再稼働に向けた作業を集中的に行う「優先審査」の対象となっていた九州電力・川内原子力発電所1、2号機(鹿児島県薩摩川内市、合計出力178万kW)について、規制委は7月9日に予定していた、事実上の「審査合格」となる審査書案の取りまとめを来週以降に延期した。
 九電が規制委・規制庁に提出した書類が約8500ページに達し、チェックや内容の確認などに時間がかかっているためだという。ただし、ここに注目しておく必要がある。
 昨年7月、新規制基準の施行と同時に審査申請が開始され、当初は「審査期間は6カ月程度がメド」と規制委・規制庁は明らかにしていた。ところが、審査は遅れに遅れ、今夏の電力ピークは「稼働原発ゼロ」で迎えざるを得ない事態となっている。
 この間、規制委・規制庁は、遅れの原因をひたすら事業者サイドの対応の不備や書類提出の遅延などとしてきた。しかし、今回の理由は「チェックや内容の確認」。明らかに、規制委・規制庁の読み違いである。すべてを事業者の対応の遅れとしてきた「規制機関」としての“上から目線”を反省する機会にしてもらいたいものだ。
 かつての原子力安全・保安院を知る経済産業省OBは「旧保安院時代に比べて、現在の規制庁は100倍ぐらい仕事がやりにくい。組織内部の風通しは悪いし、一部の規制委員が思い付きで無理難題を要求する。研究や開発のような意識が優先し、本来の規制機関としてのビジョンが見えてこない―といった声が内部でささやかれている」と指摘する。
 旧保安院が福島事故を防げなかった責任はあるにせよ、現在の規制庁の実態がこうした状況だとすれば、事は重大だ。
 規制委・規制庁に対する批判は、原発容認派からだけに限られているわけではない。脱原発を主張する専門家からも「規制のあり方を抜本的に考えなければならないのに、現在の規制委・規制庁はそれができていない。規制委員は崇高な専門性と情報発信力を持っていなければならない。現在の体制は問題外」との厳しい意見もある。
 このような問題提起に対応していくには、規制委・規制庁の運営を注視し、必要に応じて規制委設置法の改正も含めて、思い切った体制の見直しを実行すべきだ。規制委の田中俊一委員長は「電力会社は福島の事故が起こったという現実を、厳しく受け止める姿勢に欠けている」と語るが、長年にわたって日本の原子力部門を担ってきた科学者として「崇高な専門性と情報発信力」を備え、実践しているか、日々自省してもらいたいものである。
 今年9月、5人の規制委員のうち2人が交代する。ただし、それだけで現在の規制委・規制庁が抱えている問題が解決に向かうとは考えられない。福島事故後、米国原子力規制委員会(NRC)の委員はじめ海外の専門家が日本を訪れ、自らの豊富な経験をもとに、様々な助言を行っている。
 その中で、ほとんどの専門家があげるのは「規制機関による、国民はもちろん、事業者との率直なコミュニケーションの確保の重要性」である。だが、この1年間の安全審査における規制委・規制庁と事業者の関係を振り返った時、規制委・規制庁が事業者に求める「恭順さ」の要求と、「規制機関を刺激するのは得策でない」という事業者側の愚直ともいえる「実直さ」ばかりが目立つ。
 こうした「上下関係」を続けていて、真の原子力安全につながるのか。さらに、安全確保に向けた莫大な投資が効率的に機能するのか。事業者はもっと自信を持って規制委・規制庁とコミュニケーションを確保し、議論を展開すべきである。





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テーマ:原発再稼働
ジャンル:政治・経済

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