2014-08-01 22:41

補償=金目


さる6月16日、福島第一原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設について、石原伸晃環境相が記者会見で「最後は金目でしょ」と述べて問題になった。関係自治体や反原発メディアらは「被災地を愚弄している」等と批判し、石原は謝罪に追い込まれた。

「最後は金目でしょ」は、ニュアンス的に「どうせ金が欲しいんだろ?」と言っている様にも聞こえる。石原にそういった意図が無かったとしても、失言であることに弁解の余地は無い。ただ、中間貯蔵施設の設置が「最後は金目」というのは正しい。

実際、迷惑施設を実現させる最後の決め手は「金」だ。福島原発に係る中間貯蔵施設でも、双葉町・大熊町は金目に強いこだわりを示している。しかし、普通は「金」とか「金目」とか、そういう直接的でいやらしい表現は使わない。オブラートに包み「補償」と呼ぶ。

石原も「最後は金目でしょ」なんて言わず、「最終的な補償については検討中でございます。誠意を示し、地域の皆様のご理解を賜るべく努力いたします」、とでも言っていれば批判されなかっただろう。「建前社会」というやつだ。

金目だけど、あえて「補償」や「誠意」に言い換える。金は欲望の象徴で、あからさまな欲望は表に出したくない。本当は自分が金を要求していても、「補償するなら我慢してやる」、「誠意なら受け取ろう」、「か、金が欲しいんじゃないんだからね!」、と受け身になりたがる。

そして、金銭授受に受動的立場を作ることで、金を出す側より優位な構図を生み出し、被害者的立場を強調することで第三者からの妬み僻みを回避する。金は欲しいが世間体を悪くしたくはないし、やましい心・欲望を正当化し自分に言い訳することも出来る。

もちろん、それが一方的に悪いとは言わない。金を出す側には、金を出してでも成し遂げるべき正当な理由がある。受け取る側には、金を受け取る正当な理由と権利がある。金を受け取る者にとって、補償や誠意は「失う何か」、あるいは「失った何か」に対する代価だ。

中間貯蔵施設と金の話は双方に正当な理由があり、これは当事者間で協議すべきセンシティブな問題である。不適切な支出など特別な問題でもない限り、部外者がとやかく口出しするべきではないし、当事者がわざわざ外向けに発信するべきでもない。

それが建前社会の暗黙のルールだろう。ところが、石原が失言したとき、当事者である自治体は激しく反発し、マスコミも大々的に批判記事を書いた。上記を勘案して俯瞰すれば、失言した石原もアホだが、大声で批判する連中も醜く思えてならない。

双葉町・大熊町は、環境省と「補償」に重点を置いた交渉を続けている。7月29日の双葉・大熊合同意見交換会で、大熊町の千葉幸生議長は「補償について具体的な回答がなく、町民に非常に失礼」と述べた。「金目を示さないのは失礼」と言っているのと同じだ。

やっぱ金目じゃねーか!、と思うわけだが、そこは大人として事情を察し口をつぐむ。部外者が口出しすべきではない。なのに、双葉町・大熊町は社会を巻き込むかの様に大声で批判した。建前を被災者の絶対正義にすり替えている。あるいは勘違いしている。

双葉町・大熊町は暗黙のルールを破り、わざわざ自分から問題を大事にして、内々のセンシティブな問題に部外者の視線を集めた。被災者の悲痛な思いが根底にあると信じたいが、被災者様のたかり根性や、建前を守らんがための過剰な保身もありそうだ。

マスコミがせっせと石原を批判して、石原が謝罪に訪れて、双葉町・大熊町の溜飲は下がったかもしれない。でも、それで何か事態が好転したか。重要事項である補償交渉について、石原叩きで何か好転したか。否。そして、社会の意見も同情ばかりではなかった。

一部メディアは、被災者に多額の賠償金が支払われている実態を報じ、被災者が働きもせずパチンコ屋に入り浸っているとか、おかげでパチ屋がボロ儲けであるとか、そういう被災者のせいで避難先の市民に嫌われているとか、「金目」への過剰反応に疑問を呈した。

まるで傷をえぐり合うかの様な醜い応酬だ。

中間貯蔵施設の問題は、当事者間で静かに粛々と交渉を重ねるべきだ。首長や議員らは外部に被災者アピールするな。マスコミは報道を抑制しろ。プロ市民の抗議など無視無視。補償は金目、それが現実社会の問題解決であり、それで何の問題も無い。




読売:「町民に非常に失礼」町議長、中間貯蔵施設巡り
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140730-OYT1T50065.html?from=ytop_ylist
 東京電力福島第一原発事故と除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設を巡り、建設候補地の福島県大熊、双葉の両町議会は29日、いわき市の双葉町仮役場で合同の意見交換会を開いた。
 地権者に所有権を残す「地上権」が盛りこまれた政府提案について、両町議会は「一歩前進と認められるがまだ不十分」との考えで一致。両町長に「国から誠意ある回答があるまで、拙速な判断をすべきでない」と申し入れることを決めた。
 意見交換会の後、双葉町の佐々木清一議長は「将来の生活に不安を抱えた町民は納得しない」、大熊町の千葉幸生議長は「補償について具体的な回答がなく、町民に非常に失礼。判断する段階にない」と話した。





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コメント

沈黙は金

no-risuさん、こんばんは。

石原大臣の発言も失言かは別にしてこれまた事実だなと思いました。マスコミもうるさかったですね。

「たくさん補償金が入ってくるから生活に困らない。贈られてくるものを使って何が悪い」という一方で「金なんていらない。放射能で汚染される前の故郷へ元に戻してくれ(もはや不可能なのですが・・・)」と訴える人の意見を社民党系の新聞で見ました。

全ては金で解決できてしまうことは事実ですし、交渉は粛々と進んでいくと思います。

しかし、金持つものが大きな力となって「沈黙は金」を相手に強いたり、それを許して、「だまる社会」もまた何か変だなと今回のケースで考えさせられました。

ただの失言スキャンダルでお祭り騒ぎするのでなく、ジャーナリズムが社会問題の本質にせまる良心があればよいと願うばかりです。
  1. 2014-08-02 19:27
  2. URL
  3. azarash #-
  4. 編集

To azarashさん

こんばんは。

金目発言の批判は、明らかな失言なのに批判意見にずっと不満をモヤモヤくすぶらせていました。どうして違和感を感じるのか、ようやく考えがまとまったので書いた次第です。

「金なんていらない」、そう考える人も居るでしょうね。それはそれで正しい。一方で、そういう人々全てを説得するのは困難で、公共の利益のために個人の意見を後回しにせざるを得ないのも正しい。この矛盾を解決する手段が金なんですよね。金が万能とは言いませんが、考えうる最有力手段だろうと思います。

で、私の言う「外部が口出ししない」とは、「だまる社会」とは全然違います。注目し見守りはしますが、当事者がルールを破らない限りしゃしゃり出るべきではない、ということです。目で口ほどにモノを言わせるわけですね。


  1. 2014-08-02 20:36
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  3. no-risu #-
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