2014-10-07 21:18

「多様な価値観」=「サヨクのエゴ」


10月2日・3日、朝日新聞・東京(中日)新聞・琉球新報など、サヨクメディアが相次いで「多様な価値観を認める寛容さが求められる」と社説に書いた。全ての新聞を確認しているわけではないけど、おそらく同様の説教を垂れた新聞は他にもあるに違いない。

日本社会において、サヨクほど多様な価値観に不寛容な排他的人種も居ないのだが、要は自分達の主義主張が脅かされるようになったから、「私達の主張も多様な価値観です!」、「寛容の精神で受け入れなさい!」、と泣き言ぬかしているわけだ。

まあ、「お前が言うな」系の突っ込みはひとまず置いておいて、そもそも「多様な価値観」とは何だろうか。何故、多様な価値観には寛容であらねばならないのだろうか。

「多様な価値観」の定義について、サヨクメディアらは何も明らかにしていない。ただ、突き詰めて考えれば、憲法19条「思想及び良心の自由はこれを侵してはならない」の「思想・良心」と定義づけるのが妥当だろう。人は何を考えようと自由である。

では、「多様な価値観=思想・良心」を意味するとして、どうして寛容なる精神で受け入れねばならないのか。憲法に書いてある?、いや書いていない。「侵すべからず」と書かれているだけで、「(寛容の精神で)受入れよ」とは書かれていない。

当たり前だ。多様な価値観を認める寛容さの強要は、それ自体が個人の価値観を侵害する行為であり、思想・良心の自由の侵害であり、つまりは憲法違反を意味する。憲法違反を犯してまで、どうしてサヨクメディアは多様な価値観を認め合わせようとするのか。

世の中は、到底認められない価値観で溢れている。no-risuはカルト宗教に対して寛容になれない。倫理観の欠如したDQN共の価値観は容認出来ない。勝手な価値観で国・国民を貶める売国奴は許せない。タケノコより優れたキノコなど存在しない。

ただし、いずれのケースも他人に迷惑を掛けなければ尊重する。寛容の精神で。しかし、「寛容!」と叫びながら価値観を押しつけ他人の価値観を侵害したり、勝手な価値観で他人に迷惑を撒き散らすのであれば、かかる火の粉を振り払わねばならない。

それが思想・良心の自由を守ることであり、多様な価値観を尊重し認め合うことだ。ところが、サヨクメディアは「多様な価値観には寛容であるべし」と言いながら、他者の価値観を否定すると同時に、売国思想の押しつけを正当化する。何て迷惑な奴らだ。

「多様な価値観を認め合う寛容さ」とは、それを他人に求めた次点で本来の意味が失われる。寛容の強要は矛盾だ。シバキ隊が中指おっ立てて「仲良くしようぜ!」と喚く様なもんだ。サヨクの「寛容」には思いやりの精神が欠けている。要はエゴだ。

何故、多様な価値観には寛容であらねばならないのか。答えは、「そもそも多様な価値観(思想・良心)ではなくサヨクのエゴ」、「よって寛容になる必要性無し」、「積極的に拒絶するべき」、だ。

鬱陶しい。「エゴの押しつけ」を「多様な価値観の認め合い」などと偽装するから、話がややこしくなる。そして、おそらくサヨクメディアは偽装を自覚していない。極端に自己中だから自覚できない。自分は社会から尊重されるべき!、と信じて疑わない。

両論併記もせず、一方的な偏向報道を垂れ流し、指摘されても謝罪も反省もしないカス共が。何が「多様な価値観を認め合え」だ。お前が言うな(笑)。




琉球:<金口木舌>差別語はびこる国
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-232487-storytopic-12.html
 「おじさんは売国奴ですか」。男子高校生から問われて、元県議の瑞慶覧長方さんは耳を疑った。昨年夏、県庁近くでのこと。首相を風刺する琉歌のプラカードを持って歩いていたら、3人は屈託なく聞いてきた
▼69年前、13歳の瑞慶覧少年は同じ言葉を摩文仁で聞いた。沖縄戦終盤の6月20日、投降しかけた沖縄の男性に、岩陰から出てきた日本兵が「売国奴っ、スパイ野郎っ」と叫んで日本刀で斬り付けた。生きた人の首をはねるという惨劇を目撃し、震えが止まらなかった
▼最近、書店に「嫌韓」「嫌中」という本が目立つ。雑誌にも隣国をさげすむ不快な見出しが躍る。全国的に売れているというから背筋が寒くなる。他国を侮辱し敵意をあおる排外主義であり、戦前の「鬼畜米英」を見るようだ
▼当時、国策への異論に対しては政府もメディアも国民も「売国奴」「国賊」のレッテルを貼って封殺した。その差別用語が息を吹き返し、昨年の「建白書」東京要請団にも、先月の朝日新聞の誤報問題でも浴びせられた
▼軍国少年だった瑞慶覧少年は、収容後にけがを治療する米兵を見て「鬼畜」の言葉にだまされたことを知った。「真実を知らず、洗脳されていた」
▼ネットを含め、偏狭で攻撃的な言葉が世に漂う。この国は歴史から何を学んだのか。今こそ、冷静で柔軟な思考と、多様な価値観を認め合う寛容さが必要だ。






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コメント

こんばんは。

いろいろな方が書いておられますが、あっちの方々は何にどう理由を付けても
「うち等の意見が絶対であるから受け入れよ。ただしうち等はそっちの意見は拒否する」
と言っているだけです。
困ったちゃんを通り越しています。最近話題の○○国みたいな。
  1. 2014-10-07 22:18
  2. URL
  3. koguma #-
  4. 編集

To kogumaさん

こんばんは。

>〇〇国

某疑似国家のことでしょうか。確かに、似た様なメンタリティーかもしれません。武器や自爆によるテロか、言論によるテロかの違いですね。

今日、某疑似国家の兵士になるため出国しようとした北海道大学生が逮捕されましたね。この例に学べば、韓国の反日デモや中国の反日行事に参加するために出国する元総理らなども逮捕するべきです(笑)。


  1. 2014-10-07 23:01
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

 売国奴、非国民と言って抗議することは言論封殺。

 ヘイトスピーチ、差別、と言う事にすれば、市議会議員に議員辞職勧告を出すことも無問題。

 これが左翼の判断基準です。

 この判断基準こそが言論封殺そのものの発想じゃないですか?

 
  1. 2014-10-08 11:47
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

To よもぎねこさん

こんばんは。

>この判断基準こそが言論封殺そのものの発想じゃないですか?

間違いありません。そして、この手の言論封殺をするのは常にサヨクのクソ共です。

なのに、彼らはそれを全く自覚していません。自覚したうえでの確信犯ならまだ救いもありますが(許しませんけど)、理解せず感情の赴くままでこんなだからたちがなお悪い。

で、加害者のくせに被害者面するんですよね。しょうもないアホ共です。  


  1. 2014-10-08 19:35
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

本論には全く同感です。が…

こんにちは。
多分お遊び部分だと思うのですが、何故キノコとタケノコが例示されているのでしょうか。
講談社の週刊コミック雑誌モーニング連載の「鬼灯の冷徹」にて似たようなやり取りがありましたが、私の勘違いならそれで良いです。

で…タケノコ推しなのですね?

私はシイタケとかシメジが好きなのでキノコ推しです。

もちろんno‐risuさんの好みは尊重しますとも(笑)。
  1. 2014-10-08 19:58
  2. URL
  3. もらもら #Fldqm66o
  4. 編集

To もらもらさん

こんばんは。

きのこタケノコの部分は、昔からネットで議論の続く「きのこタケノコ論争」を意識したジョークです(笑)。

きのこタケノコ論争とは、お菓子の「きのこの村」と「タケノコの里」はどっちが美味しいか、きのこ派とタケノコ派が繰り広げる永遠の争いです。もちろん、本気で喧嘩しているわけではなくて、一種のお約束と言うか、ネットのお遊びですね。

さりげなく忍ばせましたが、まさか気づかれるとは思いませんでした(笑)。


  1. 2014-10-08 20:17
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

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