2014-11-18 21:24

仲井真氏の実像を歪めたサヨクメディアの罪は重い


認めねばならない。no-risuは仲井真弘多氏を誤解していた可能性が高い。

仲井真は沖縄革新サヨクと同類で、反戦サヨク主義者と共闘する沖縄の癌細胞だと思っていた。彼が保守を名乗り、かつて辺野古移設を容認していたのは、単に中央から金を引き出す「ゆすりたかり」の精神に過ぎない、そう信じて疑わなかった。

だから、このブログでは何度も仲井真知事を厳しく批判した。細かく読み返したわけではないが、かなりえげつない表現も用いた記憶がある。「ぎょろりと目玉をひんむき政府に噛み付いた」、などとあからさまな敵意を示し、その写真も掲載したと思う。

「仲井真こそゆすりたかりの名人(嘲)」、等と言い放った回数は数え切れない。識名トンネルの公共事業に係る不祥事疑惑も紹介したが、あれは確かに追及されて然るべき事件ではあるものの、「仲井真を批判したい」という欲求が根底にあった。

でも、それはおそらく間違っていた。no-risuの仲井真氏に対するイメージは、報道により著しく歪められていた可能性が高い。

11月17日、沖縄県知事選から一夜明けた朝日新聞は、辺野古移設反対派の勝利に沸いていた。沖縄県知事選特集号とも呼ぶべき紙面構成で、no-risuは苦々しい気持ちを噛みしめながら、記事やコラムを一つ一つ読み進めた。

すると、ある記事にさらりと衝撃の事実が書かれていた。沖縄県元幹部の証言だ。


朝日17日朝刊

「仲井真知事の県外移設は翁長氏が強く求めたからで、『不本意』な県外移設の旗を降ろすことが常に念頭にあった」

朝日新聞の記事は、仲井真知事が昨年12月に移設反対の公約を反故にし、政府の埋め立て申請を承認したことに対する批判が目的で書かれていた。「予兆はあった」「仲井真氏の移設反対は似非」、そう言いたかったわけだ。

しかし、仲井真知事が移設反対を訴え続けることに悩んでいたなんて初耳だ。報道で知る限り、仲井真知事は反対一色、「移設は想像することすら許し難い沖縄差別」、「県民の怒りは頂点に達した」、そんな主張を異形の面相で繰り返す男だった。

それは虚像だった。朝日や毎日等、サヨクメディアの報道を読み、「おのれ国賊め!」とno-risuの怒り渦巻くその裏で、仲井真知事は現実的視点から国と沖縄の将来を思い、辺野古移設反対の看板を下ろしたいとずっと悩んでいたわけだ。

ふざけんなよマジで!。サヨクのクソメディア共が!。

朝日新聞はとっくに知っていたはずだ。提携する沖縄タイムズも、毎日と琉球も、他サヨクメディアも、移設反対路線に揺らぐ仲井真知事の苦悩を知っていたはずだ。なのに各紙は情報を隠し、「移設反対で強固に団結する沖縄」を演出し続けた。

昨年12月、仲井真知事が移設容認に舵を切った時、仲井真知事に対するイメージが間違っていた可能性を感じた。当時も書いたと思うが、報道陣を前に「いい正月になるなあ」と述べながら見せた笑顔は、憑き物が落ちたかの様に自然だった。

「仲井真知事って本当はこんな顔してたんだ」、と思った。安倍政権の圧力に負け、苦渋の決断で移設容認したのなら、あの様な無邪気な笑顔になるわけがない。移設容認が仲井真知事の本音だったのではないか、そんな疑念を抱いた。

昨年12月の移設承認について、仲井真知事は誰にも相談せず官邸に向かったらしい。朝日新聞らはそれを独断専横だの裏切りだのとなじったが、反対派の巣窟である沖縄県にあって、仲井真知事が誰にも相談できなかった苦境を如実に物語る。

ただ、それらは憶測の域を出ず、仲井真知事の本音を読むには弱かった。その後、仲井真知事は明確に移設容認を掲げたので、実像に対する興味も失せていった。それが、今回の朝日新聞記事により、思わぬタイミングで真相に近づけた。

翁長圧勝に浮かれて油断したか。しかしもう遅い。仲井真氏は75歳、このまま引退だろう。最後に気がつけて良かったけれど、メディア情報に踊らされて仲井真批判した自分の過ちは消せない。名誉回復・贖罪記事を書く機会もたぶん無い。

少し前に、「新聞の読み方」なんて偉そうな記事を書いておきながらこのザマだ。それもこれもサヨクメディアの偏向報道のせいである。連中の罪は重い。

逆ギレ?。いえいえ、no-risuも被害者ですニダ。




朝日:敗れた仲井真氏「思いもよらない結果」 沖縄知事選
http://www.asahi.com/articles/ASGCJ7J7TGCJTIPE03G.html
 沖縄県知事選が16日、投開票され、前那覇市長の翁長雄志(おながたけし)氏(64)が現職の仲井真弘多(なかいまひろかず)氏(75)=自民、次世代推薦=ら3氏を破り、初当選を決めた。政府の全面支援を受けて「普天間問題を終わらせる」と訴えた仲井真氏。昨年末の埋め立て承認に対する県民の反発は大きかった。
 「思いもよらない結果」。仲井真氏は、午後8時20分ごろ、那覇市の事務所で深々と頭を下げた。だが、敗北の理由については「辺野古移設という現実的な選択で収めないと解決の見通しがつかない。私の考えが(有権者に)通っていなかったのか」と首をひねった。
 名護市辺野古の埋め立てを認める2日前の昨年12月25日。首相官邸で安倍晋三首相から振興予算の増額を約束された仲井真氏は、報道陣を前に「いい正月になるなあ」と、にこやかに語っていた。





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