2014-12-08 19:54

自治体の後援辞退は表現の自由の侵害?


神奈川県鎌倉市が、反原発イベントへの後援を取りやめたそうだ。イベントはプロ市民団体「鎌倉・岐わかれ路みちの会」主催。鎌倉市は後援を辞退した理由について、「中立を保つため、一方(反原発)だけを後押しできない」と説明している。

最近、この手の話題をよく耳にする。自治体の後援辞退以外にも、美術館が政治色の強い作品展示を拒否したり、広報紙が政治色の強い短歌の掲載を拒否したり、公的な性格を帯びた様々な機関が「支援」から手を引き始めている。

自虐を美徳とする戦後日本の価値観から、遅まきながら公的機関も脱却を始めたのだ。大変結構。

さて、このことに関して、どうしても理解出来ないことがある。支援を断られている者は、サヨク的主張を展開・啓蒙する「市民及び市民活動」だ。そして、支援を拒否された市民らは、口を揃えて「表現の自由の侵害である」等と権利の侵害を訴える。

「自治体の後援辞退=表現の自由の侵害」、ここの理屈が分からない。口封じとか、活動内容に対する批判とか、イベント潰しの圧力とか、具体的な侵害・妨害行為は何も無い。「後援はしないけど、やりたければご自由にどうぞ」と言っているだけだ。

冒頭に紹介した鎌倉市の事例でも、市民団体の貞兼綾子代表(68)は「特定の政治団体に属さず、率直に思ったことを言葉にした。表現の自由はないのか」と憤慨したそうだ。表現の自由はないのか?、いや勝手にやれば良いじゃないの(笑)。

全くもって理解出来ないし、理解する必要も無いサヨクのエゴに思える。が、今回はちょっと真面目にプロ市民サイドの心情を推察してみたい。後援辞退の行政対応について、彼らの立場から見るとどう変化するのか。

正直、この推察は難解だった。いくら考えても、彼らを正当化する理屈が何も思い浮かばない。しかし、「ああ、無理に正当化する必要は無いか」と閃くと、考察は一気に進んだ。

おそらく、彼らは市民活動への行政支援について、享受は「市民の当然の権利」と考えている。この前提が肝だ。後援拒否は理不尽な市民権侵害で、侵害された原因は「表現」だから、これはもう「表現の自由に対する圧力・制裁」となる。

「そんなアホな!」と思われるだろうが、そこは重々承知している。そして、彼らの立場に立って考えたとき、具体的には、行政支援を拒絶された市民団体の一員だったらどう感じるのか推察したとき、これは結構キツいと思う。

自分達は良心に従って活動してきただけで、自治体も長年支援を続けくれていたのに、ある日突然「政治的過ぎる」と断罪された。自治体からの後援拒否は、地域社会から拒絶されたかのごとき衝撃だろう。驚き、悲しみ、そして怒りに変わる。

こうして彼らは被害者となり、「表現の自由はないのか!」と怒りの声を上げるわけで、「自治体の支援が無くても自分達で勝手にやりゃいいじゃん♪」等と言われて納得するはずも無いのである。とまあ、なかなか的を射た推察だと思うがどうだろう。

当然のことながら、no-risuはこの理屈を認めない。彼らの前提が間違っているからだ。税金で行われる行政支援は、公に資する取組かつ公平公正になされる取組、あるいは、偏っていても市民のコンセンサスを得られた取組、に限られる。

鎌倉の市民団体が行う反原発活動等は、そのいずれにも合致していない。客観的事実だけ並べると、反原発は市民の間で意見の分かれる問題で、政党でも分かれているため必然的に政治色も帯び、市民のコンセンサスも得ていない。

したがって、鎌倉市の後援辞退は合理的な判断と言える。すなわち、自治体の後援辞退が表現の自由の侵害とは言えない。論理的に考えて、これが最終的な結論で間違いないだろう。

ただ、彼らはこの結論を受け入れないだろうと思う。彼らの価値観は、理屈より感情論を優先する。感情論の優先は私の優先なのだが、彼らにしてみれば私の優先が公に資するわけで、活動は公のための自分犠牲と考えているフシすらある。

この価値観を覆すことは至難で、本ブログでは「自己中プロ市民共め!」と吐き捨ててきた。面倒くさいし。そしてたぶん今後も吐き捨てる。しかし、相互理解に対する努力放棄は、あまりにも非生産的かつ非知性的だ。いかにも民度が低い。

なので、今後は問題の解消策も考えていきたいと思う。まあ、今のところは全く何も思いつかないし、本当に可能なのか自信も無いけど。感情論への迎合は論外として、何か名案はありませんかねぇ。




沖縄:原発再稼働反対は「政治的」 鎌倉市イベント後援拒む
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=92686
 神奈川県鎌倉市が毎年続けてきた平和をテーマにした市民団体のイベントへの後援を、今年は「政治的な主張が含まれる」として断ったことが29日、市や団体への取材で分かった。イベント告知のチラシに、原発再稼働に反対する表現などがあったことが理由。
 市文化人権推進課は「原発再稼働は国民の意見が分かれる問題。中立を保つため、一方だけを後押しできない」と説明。市民団体の貞兼綾子代表(68)は「特定の政治団体に属さず、率直に思ったことを言葉にした。表現の自由はないのか」と反発している。
 団体は2007年から活動する「鎌倉・岐わかれ路みちの会」。月1回、十数人で映画鑑賞や講演会を開き、08年から年末のイベントで市の後援を得てきた。(共同通信)








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コメント

こんばんは。

ここは彼等お得意の「訴えてやる」
自治体「どうぞご自由に」
でどうでしょう。
"ウリは1番の被害者"には裁判もへったくれもありませんが。

後は、自民党に後援を依頼する様に進言するとか。
付ける薬が・・・。
  1. 2014-12-08 21:31
  2. URL
  3. koguma #-
  4. 編集

To kogumaさん

こんばんは。

>裁判

この手のケースでは、訴訟まで発展することは稀だと思います。例外的に、群馬県立公園の朝鮮人慰霊碑みたく、かの国が絡むと高確率で訴訟になりますけど。まあ、同類みたいなものかもしれませんが、一応は分けて考えるべきかと。

で、裁判による解決は、泥沼化するだけであまり良策とは思えないんですよね。もっと実効性のある解決策があれば良いのですが。

>後は、自民党に後援を依頼する様に進言するとか。

すでに社民共産がバッチリ後援してるのに、自民党の後援まで求めるとはガメツイ(笑)。まあ聞き入れないでしょうね、彼らにとって自民党は文字通り大悪党ですからねぇ。

  1. 2014-12-08 22:00
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

16年の「後遺症」は重い…

>「悪人にとっての勝利は、善人が何もしないことだ」アイルランド生まれの哲学者、政治家エドマンド・バーク(1729年1月12日-1797年7月9日)の言葉<

…悪人サヨクは調子をコク。私も「 ↓ 奴に一票」入れてしまったので反省してますが。

(事情通発)>以前、前(狛江市長の)矢野ゆたか(日本共産党)は「この街(狛江市)にはとても優秀な(左巻きではない)人が大勢住んでいます。しかし、その人たちが表に出て来ないので非常に僕ら(左巻きと日本共産党)が(市域が狭く坂もないから更に)活動しやすい」ということを口にしていました。 (他の狛江市の)議員は(矢野ゆたか にとっては)全く問題外だったのです<

現:狛江市長 高橋都彦(くにひこ)コラム(60 狛江市広報掲載)>狛江市では、戦後70年を迎え、公正中立な実行委員の皆さんによる偏りのない企画、「平和祈念事業」を行いますが、今回の「輪」もその一環です。安心して参加いただけます。http://www.city.komae.tokyo.jp/index.cfm/36,70540,82,1940,html

…突然、お邪魔致します。矢野ゆたか が市長だった時代の「市後援の平和イベント」(予算編成では2番目の項目として登場)は「偏りのある皆さん」が「主催」し、「安心して参加できないイベント」で「苦情が」あったって事でしょうね。

  1. 2015-07-25 22:00
  2. URL
  3. RIHAD! #JmHcGUZQ
  4. 編集

To RIHAD!さん

こんばんは。

これはまた古いエントリを読んでいただきありがとうございます。

平和イベントは、どこの地域であろうと9割方、胡散臭いサヨク団体らが絡んでいるものです。そして、それらのイベントでは平和を利用して偏った主義主張を啓蒙します。

最近になって、ようやくおかしなイベントにおかしいと声を上げる土壌が育ってきました。良い傾向ですね。

  1. 2015-07-26 20:44
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

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