2014-12-11 21:08

「復旧より復興」は正しかったのか


被災地の高台移転事業が進んでいない。

産経新聞が石巻市について報じたところによると、遅延理由の一つに「地区内の整備計画が決まらないこと」が挙げられている。グランドデザインやインフラ、土地の権利関係等が複雑に絡み、計画自体への賛否もあるから、難航は当然だろう。

はっきり言って、高台移転計画なんて即座に撤回するべき愚策だ。no-risuは、被災した石巻市の様子を見てきた。愕然とさせられたのが、山肌に引かれた2本の水平ラインだ。それは下が津波到達ラインで、上が高台化予定のラインだった。

よくニュースでは、「数メートルの盛り土で高台を造成する」なんて説明がなされる。簡単そうに思えるが、実際に見ると2階建て民家を飲み込みそうな圧巻の高さだ。膨大な時間と金と労力が必要になることが予想され、「正気じゃない」と呆れた。

造成地の地盤強度も不安だ。次の巨大地震に耐えられるのか、豪雨に耐えられるのか、怪しいもんだ。町の端っこにへばりつく様な、陰気な仮設住宅を遠目に眺めながら、「時間のかかる高台移転は被災者のためにならない」と痛感した。

東日本大震災においては、「復旧」より「復興」の重要性が説かれた。ただ元に戻す「復旧」ではなく、災害経験を生かした新しい町作りを目指す「復興」であるべきだと。結果、町の高台移転や壮大な防潮堤が計画されることになった。

「復興」のスローガン自体は正しいと思っていたが、現状を見ると本当に正しかったのか疑問に感じざるをえない。高過ぎる理想のせいで、復興どころか復旧もままならず、何時終わるとも知れない工事の先にあるのは様変わりした故郷の姿だ。

こんなことなら、とりあえず復旧を優先しても良かったのではないか。元に戻すと言っても、それなりに小奇麗な町に再生されただろうし、次の大震災は数百年後なのだから、それまでに少しずつ議論し改良していく道もあった様に思う。

今回の産経報道もそうだが、仮設住宅で暮らす辛さ・苦しさを訴える声が今も絶えない。そうだろうとも。石巻市に行ったとき、仮設住宅の痛々しさに胸が締め付けられた。遠目に眺めてすぐに目を背けた。現実から逃げ出したくなった。

実際に住み続ける被災者の心労はいかほどか。あと何年耐え続けねばならないのか。「復興」の理念で防災都市を目指すことにより、とりあえず苦痛から解放する「復旧」と比較して、何年余計に苦しむことになったのか。苦しむことになるのか。

今さら後戻り出来るのかは分からない。しかし、復興重視・復旧軽視の前提は見直されるべきだ。もし間に合うのなら、未だに復興計画が迷走中なら、そして被災者が望むのなら、今からでもスピード重視の「復旧」を計画に組み込むべきだと思う。




産経:(5)震災復興 4畳半2間で「年とりたくない」 進まない高台移転 疲労感漂う仮設暮らし
http://www.sankei.com/politics/news/141208/plt1412080008-n1.html
" 「あそこだよ」
 雄(お)勝(がつ)硯(すずり)生産販売協同組合職員の高橋頼雄(よりお)さん(47)は、プレハブの工房の窓の外を指さした。宮城県石巻市の東部に位置し、太平洋に面する雄勝地区。指さした先にあるのは、わずかに色づいた葉をたたえる木々が生い茂る山林だった。"
 東日本大震災の津波で自宅を失った高橋さんは、地区でまとまって高台に移転する国の防災集団移転促進事業で、地区中心部の伊勢畑区域にある、この山を削って整地される土地に新居を建てる予定だ。だが、生活再建への新たな一歩となるはずなのに、表情はどこかさえない。
" 津波被害の大きかった雄勝地区。震災前は約4300人が暮らした。生活には当たり前のように海があった。
 だが、その海からの津波が地区を一変させた。コンビニエンスストア、銀行、ガソリンスタンド…。海から数十メートルの距離に60店舗以上が軒を連ねた商店街は壊滅し、今はコンクリートの基礎部分だけを残して雑草が生い茂る。"
 地区の沿岸部は住宅の新築が制限される「災害危険区域」に指定され、高台移転が決まった。伊勢畑区域の山では当初、今年7月に造成工事が始まるはずだったが、まだ手つかずだ。平成28年8月だった土地の供給開始時期は、今年8月時点で4カ月ずれ込み、さらに遅れる可能性もある。「まだ当分はかかるだろう」。高橋さんはこぼす。
"進まぬ高台移転
 被災3県の集団移転は340計画(26年9月末時点)あり、石巻市内では47計画。すでに土地が引き渡されているところもある。雄勝地区内のほかの計画では造成が進むが、伊勢畑区域の山で進捗(しんちょく)が遅れている理由に、防潮堤を含めた地区内の整備計画が決まらないことが挙げられる。"
 津波被害の大きかったところでは、東日本大震災級の津波を想定し、大規模な防潮堤の建設が計画されているところがあり、雄勝地区もその一つだ。
 県や市は高さ9・7メートルの防潮堤の建設を目指す。波にのまれた商店街の跡地は土を盛って数メートルかさ上げし、商業店舗や名産品の硯の伝統産業会館を整備。伊勢畑区域では、28戸の住宅用地が整備される海抜20メートルの高台に県道を通す計画だ。住宅、商店、道路、土地のかさ上げ、そして防潮堤…。一からの街づくりに、市集団移転推進課の村上秀樹課長(52)は「住民との調整事項の多さが進捗の遅れの要因になっていることは否めない」と話す。
 海とともに暮らしてきた地元の人たちにとって、海の景色と引き離される防潮堤の建設には反対論もある。高橋さんは「地区の人口は減っていくのに、防潮堤を建設するのは無駄だ」と話す。
" 雄勝の景観に引かれ、8年前に横浜市から移り住んだボランティア団体代表、柴田登美枝さん(62)は「コンクリートの大きな壁ができたら、景色が台無し」と表情を曇らせる。
 「防潮堤をつくるなら、高台にすぐ逃げられる大きな道路がある方がいい。国民の税金を使うのだから、有意義に使ってほしい」・・・・・・"







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コメント

復興にすらならないかも…

no-risuさん、こんばんは。
久しぶりにコメントさせていただきます。

>「復旧」より「復興」の重要性が説かれた。

このこと自体は間違っていないと思うのですが、それを高台移転や巨大堤防に求めるのは間違いだと思いますね。

地域によっては生活の糧を失うことになりますからね。
お越しいただいた石巻よりも北部のほうには海の見える景観を観光の売りにしている地域もあるのですが、その地域はどのように生活していけばいいのでしょう?

避難路の整備と、避難場所になるようないくつかの高台を整備だけにすれば、コストも大幅に減りますし、復興までの時間も短くなると思います。

ご覧になったかもしれませんが、被災地は3年経った現在でもコンビニが仮設店舗で営業している始末です。住民の生活も同様ですから、そんな状況に人は減っていくばかり。

水産業や観光を主たる産業にしている地域にとって、現在進行中の復興事業の先には復興が見えていない状態です。
  1. 2014-12-12 00:51
  2. URL
  3. mine-y #-
  4. 編集

To mine-yさん

こんばんは、お久しぶりです。

ええ、ひどい状況でしたよ。住宅だけでなく、あちこちが仮設のままで、生活そのものが仮設の様に感じました。自分の平穏な日常とのギャップに眩暈がしたものです。

盛り土工事の現場現場では、完成後のイメージイラストなんかをよく目にしました。立派なもんでしたよ。でも、それが出来るのはいつの日になるのかと。イラストの外の街や人の暮らしはどうなっているのかと。

自然と共に暮らしてきた地域が、自然を驚異として防潮堤などで拒絶すれば、それはもう別の町ですよね。防災都市になれば、おそらく観光産業は無理でしょう。それでいいのかと。

>復興事業の先には復興が見えていない状態

でしょうね。未だにビジョンが見えないのです。具体的な希望の無いままでは、そこで頑張ることに耐えられない人も多いだろうと思います。私ならあきらめます。

どうにかならないものかと。しかし世間ではすでに風化しかかっていますよね。私も、この目で見ていなければここまで考えなかったと思います。難しいですねぇ。


  1. 2014-12-12 21:33
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  3. no-risu #-
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