2014-12-15 19:35

公平公正の要請を批判するなら理由を示すべき


自民党が「公平公正な選挙報道」を求める文書をマスコミ各社に送付した問題で、原寿雄・元共同通信編集主幹らマスコミ関係者7人が抗議声明を発表したそうだ。彼らが言うには、自民党の要請文は「表現の自由の侵害、民主主義の危機」であるらしい。

この手の抗議声明は、おそらく選挙後も示され続けるだろう。で、すでに複数の団体・個人らが発表しているわけだが、抗議内容は基本的に同じだ。表現の自由を脅かす、言論の自由を侵害する、公平公正を要求するとはケシカラン!、と。

意味が分からない。公平公正な報道なんてものは、言われるまでもなくマスコミ自らが遵守すべき原則だ。改めて原則の遵守を要請されたところで何も問題は無いはずで、「もちろんそうします」の一言で終了すべき話だろう。何故、奴らは反発するのか。

客観的に考えれば、公平公正の要請に対する反発は、「公平公正な報道をするつもりは無い!」、「不公平不公正な報道は表現の自由である!」、と宣言しているに等しい。これは誰がどう考えたっておかしい。完全に理解の範疇を超えている。

もう一つ分からないのが、「どうして自民党にしか反発しないのか?」という点だ。

そもそも、この問題はどこぞのマイナージャーナリストが、「大手メディアが報じない自民党の報道介入」などとネットで発表したことが発端だった。刺激的な見出しだったのでno-risuも読んだが、「介入=公平公正な報道の要請」だったので一笑に付した。

アンチによる現代レベルのネガキャンで、大手メディアが報じないのも当然だろうと思った。ところが、翌日以降からマスコミが騒ぎ始めた。とは言っても、初期の報道は単純な事実確認と、各テレビ局側の見解を伝えるものだった。

テレビ局の見解は、「選挙における公平公正な報道に係る要請について、これまでも選挙の度に受けてきたし、要請は自民党に限らないし、改めて問題視するつもりはない」といった内容だった。要は「どうということなし」、と。

そりゃそうだろう。繰り返すが、公平公正な報道は要請されるまでもない当然の前提だ。しかし、テレビ局が問題なしの見解を示した後、反自民党勢力である言論人や有識者や弁護士らが批判を始め、サヨクメディアも批判的色を強めだした。

呼応するように、テレビ局も政治番組のキャストを変更し、「自民党の介入で報道が歪められた」かのごとき印象を醸し出し、燃料を受け取ったクズ共は自民党に対する批判を強めた。結果、「自民党の問題」にされ定着してしまった。他党も要請していたのにだ。

おかしいじゃないか。公平公正の要請に反発するのはおかしいし、自民党にしか文句を言わないのもおかしい。批判する連中の言動には、公平公正の欠片も無い。これでは要請されて当然ではないか。

勘違いするな。自民党の要請が「表現の自由の危機」なのではなく、メディアが公平公正な報道を行わない現状が、すでに「表現の自由の危機」なのだ。




朝日:ジャーナリストら「表現の自由の危機」 公平文書問題
http://www.asahi.com/articles/ASGDC52CZGDCUCVL00S.html
 自民党がNHKと在京民放5社に衆院選報道における「公平」を求める文書を送った問題で、原寿雄・元共同通信編集主幹らジャーナリストやメディア研究者7人が発起人となり、「放送による表現の自由や、放送が健全な民主主義の発達に資することが危機に瀕(ひん)している」とする声明を11日発表した。
 声明では、自民党の文書は、放送法の精神や過去の政府見解に反するとした上で、「放送局は、言論報道機関の原点に立ち戻り、『表現の自由』を謳(うた)う放送法を尊重して自らを律し、民主主義を貫く選挙報道をすべきだ」とした。
 また「政治家も、『錯誤』に満ちた要望書を放送局に送るような愚行は慎み、放送が伝える人びとの声に耳を傾け、放送を通じて堂々と政策を議論すべきだ」としている。
 ほかに発起人となったのは、水島宏明・法政大教授やジャーナリストの坂本衛氏、岸井成格・毎日新聞特別編集委員ら。会見した砂川浩慶・立教大准教授は「自民党の文書について放送局は報じていないが、それでは文書が効いていることになる」と話した。(中島耕太郎)






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