2015-01-05 21:09

歴史に学ばぬ者は誰か


今年は戦後70年の節目、サヨク新聞各社は盛んに「歴史に学べ」と社説やコラムで書いている。しかし連中は理解していない。「学べ」と偉そうに説教するが、実はサヨク自身が歴史を軽視していることを。低脳サヨク共、お前らの言う「歴史」とはなんぞや?。

朝日・毎日・東京中日・北海道、その他サヨク新聞が「歴史」と口にするとき、それは十中八九「歴史認識」の「歴史」であり、「太平洋戦争」という「特定歴史」を意味する。つまり戦時史だ。彼らの「歴史」は、極めて限定的な一時期・一側面でしかない。

歴史とは過去だ。歴史に学ぶとは過去に学ぶことだ。戦時だけが歴史では無い。去年だって昨日だって、過去であり歴史である。ところが、サヨクは戦時の、それも一面的な事象のみを「歴史」と捉え「認識」しようとする。これでは何も学べない。

だから、サヨクの歴史認識は自虐史観による支配が続き、それに対する異論反論は論理的・学術的・科学的な意見であっても排除される。学ぶ対象と言うより信仰の対象といった性格が強く、異端者には「歴史修正主義者」のレッテルを貼り弾圧する。

つまり、「歴史に学べ」と叫ぶサヨク自身に学ぶ姿勢が存在せず、「自分達の信仰する特定歴史認識を学ばせたい」という洗脳願望のみが存在している。彼らは否定するだろうが、客観的に見ればそう評価せざるを得ない。

百歩譲って太平洋戦争を主眼に置いて歴史を振り返るにしても、戦前、戦中、戦後、何故戦争は避けられなかったのか、戦争により何が起きたのか、敗戦で日本はどうなったか、現在に続く戦後の歩みはどんなだったか、学ぶべき歴史は膨大だ。

本気で戦後70年の節目に歴史を学ぶのなら、それらの流れを改めて総括するべきだろう。しかし、サヨクは戦時の一面、「アジアに対する加害者としての日本」のみを歴史と捉え学ばせようとする。どうして、彼らは自身の不合理に気がつかないのか。

当然だが、不合理な歴史認識は様々な弊害を誘発し、発生した問題の解決を困難にしている。一例を挙げれば、サヨクが「神聖ニシテ侵スベカラズ」と崇める「河野談話」と「村山談話」だ。

こちらが譲歩すればあちらも譲歩する、話せば分かる、とりあえず謝っておけば丸く収まる、そんな日本的一方的価値観で作られた糞談話が、日中韓の関係を不必要かつ著しく悪化させてしまった。談話後の歴史を振り返れば明白だ。

日本が一歩下がると中韓は二歩三歩と踏み込み、鬼畜日帝のプロパガンダを体制維持に利用し、中韓国民は日本に憎悪し、反日感情を知った日本国民は中韓を嫌悪した。歴史に学べというのなら、談話のもたらした負の側面にも目を向けるべきだ。

それなのに、サヨクは戦時史の特定事象のみを学ぶ対象とするから、談話を絶対視してネガティブな影響から目を背ける。それを指摘すれば、「正しい歴史を学べ」だの「歴史修正主義者」だの「ネトウヨ」だのとヒステリックに喚き散らす。

いい加減にしろ。自虐を美徳とし歴史に学ばないサヨクの邪教にはうんざりだ。超断片化されたサヨクの「歴史」では、連綿と続く過去に学び現在を見つめ未来に反映させることなど出来ない。サヨク思想の破棄こそ、正しく歴史を学ぶための第一歩である。



北海道:<戦後70年に考える>未来への責任 「歴史」の視座ゆがめるな
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/583819.html
" 尖閣諸島、島根県・竹島も絡み、中国や韓国との関係は冷え切ったままだ。
 先の大戦から時が過ぎても、近隣諸国との間で歴史認識をめぐる摩擦が解消されていない。
 政治家も戦後世代が圧倒的多数を占めるようになった。戦争への想像力の欠如が解決を難しくしているようにも見える。現状をいつまでも放置していいのか。節目の年に新たな一歩を踏み出したい。"
"■「談話」の理念生かせ
 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」
 20年前の1995年、終戦記念日。当時の村山富市首相が戦後半世紀に当たっての首相談話を全国戦没者追悼式で読み上げた。 "
" いわゆる村山談話だ。戦争に突き進んだ日本の誤りを認め「痛切な反省の意」や「心からのおわびの気持ち」を率直に語りかけた。
 近隣国との間に残したわだかまりをなくしたい。文言からそんな思いが伝わる。
 忘れてならないのは、談話は閣議決定され、政府方針であるということだ。当時政権にあった社会党、新党さきがけに加え、自民党の閣僚も賛成している。"
" しかも歴代内閣に引き継がれ、日本政府の歴史問題の基本認識として内外に定着してきた。
 ところが戦後70年を前に、自民党の一部から新たな首相談話で村山談話を見直すべきだとの声が出ている。
 節目の年に、新談話があっていい。だが、問題は中身である。村山談話を貫く平和主義や近隣諸国との共存という思想まで見直すというのだろうか。"
 確かにこの20年間で中国の台頭、世界の警察とも言われた米国の地盤沈下など日本を取り巻く環境は変化した。だからといって日本の過去は何ら変わっていない。その教訓から導き出された理念が変わっていいわけがない。
"■過去に向き合う姿勢
 大量の子供の靴、衣服…。数々の遺品を見て犠牲者の無念さに思いをいたす時、言葉を失う。
 昨秋、ポーランド南部にあるアウシュビッツ収容所跡地の博物館を訪ねた。100万人超のユダヤ人らが毒ガスなどで亡くなった。"
" 女性の遺体から刈った髪は生地に加工するためだった。人間の心に潜む狂気に打ちのめされる。
 だれの目にも明らかな非人間的な行為。ドイツはナチスの全否定を前提に時効なきナチス犯罪追及、強制労働の被害者への個人補償、歴史教育の徹底などを進めた。"
" ドイツの姿勢は1985年のワイツゼッカー大統領の演説から見てとれる。「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」。現在と未来の根底には常に過去があるという考えだ。
 翻って日本である。負の歴史を曖昧にしてこなかったろうか。それゆえ、今も歴史観が問題にされる。ドイツに学ぶべきは歴史と真正面から向き合う意志だ。"
"■解決の糸口探る時だ
 「対話のドアは開かれている」。中韓との関係改善を尋ねられると安倍晋三首相は語ってきた。
 だが韓国が従軍慰安婦問題、中国が南京事件などを持ち出してくると、明確な答えを示してきたと言えるだろうか。"
" もちろん中韓のかたくなな姿勢にも問題はある。しかし、両国との関係が修復できないのは安倍首相の歴史観にも原因があるのではないか。
 安倍首相は一昨年春、「侵略の定義は定まっていない」と国会で発言し、その年の暮れには靖国神社を参拝した。安倍首相は第1次政権で参拝できなかったことを「痛恨の極み」と公言、参拝の時機をうかがっていたともされる。"
" 最後は側近の制止さえ振り切り強行したが、中国や韓国はもちろん米国の反発も招き、日本が孤立しかねない事態にも陥った。
 そもそも、靖国神社はA級戦犯を他の戦没者と合わせてまつっている。この合祀(ごうし)には遺族の中にも違和感があり、外国の要人が参拝する場としてもふさわしくないとの指摘がある。"
" 忘れてはならないのは、米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が一昨年の来日時、靖国を避けて宗教色のない千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れたことだ。それが何を意味するか。
 過去には福田康夫官房長官の私的懇談会が無宗教の国立追悼施設の建設を提言した。自民内には靖国のあり方をめぐり議論もある。
 内向き姿勢では歴史問題のもつれた糸をほぐせまい。将来も見据えながら、幅広く意見を取り入れ解決の道筋を探るべき時だ。"






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コメント

>だが韓国が従軍慰安婦問題、中国が南京事件などを持ち出してくると、明確な答えを示してきたと言えるだろうか。

 日本サヨクって条約で済んだ事を蒸し返す国がオカシイと言う事が理解できないのです。
 条約で済んだ事を後出しジャンケンみたいに何度でも出すのなら条約を結ぶ意味がないと言うことがわからないのです。

 知性の欠如です。
  1. 2015-01-05 21:31
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

To よもぎねこさん「

こんばんは。

条約より感情論を優先する人種ですからね、だったら法治国家体制も否定しろと。

ご指摘の部分なんて、最初から思い込みで答えを決めている新聞社に言われたくないですね。しかも、意に沿わない答えなら即座にバッシングするくせに。

知性の欠如ですが、痴性は溢れんばかりです。

  1. 2015-01-05 22:14
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

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