2015-02-25 21:03

言語道断、朝日新聞の差別推奨コラムを許すまじ

朝日斎藤コラム

2月24日の朝日新聞朝刊に、とんでもない差別推奨コラムが掲載された。驚くべきことに、コラムは「有名人を糾弾しないことこそ差別である」と主張し、具体的に「曽野綾子」の個人名を挙げ、「曽野をもっともっと批判せよ!」と個人弾圧を推奨していた。

コラムを書いたのは精神科医の斎藤環。斎藤は以前にも朝日新聞に寄稿しており、2012年には復権した安倍総理について、「ヤンキーに憧れたがひ弱でなれなかったヤンキー気取りの情けない男」等と悪質なレッテル貼りで誹謗中傷したヤブ医者だ。

それも酷いコラムであったが、今回のコラムは輪を掛けて酷い。

斎藤が言うには、曽野綾子氏は「日本の言論界を徘徊する妖怪」で、どんな妖怪かと言えば「キャラの立った高齢者」なのだとか。さらに、「マスコミが曽野批判を自粛するのは、曽野がキャラ立ちした高齢者という妖怪だからである」等と論じている。

そして、「妖怪を理由に本来批判されるべき人間が批判されないのなら、それすなわち差別であり、差別を解消するためにもっと曽野綾子を批判するべき」と主張している。

個人的主観に合致しなければ差別、個人的価値観で制裁が足りないと感じれば差別、差別解消という大義名分を掲げた個人弾圧の正当化、マジキチサヨクの思想弾圧、げに恐るべき独裁者思想である。掲載を許した朝日新聞は万死に値する。

そもそも、斎藤が曽野綾子の個人名を挙げているのは、曽野がアパルトヘイト容認コラムを書いたとされることが原因だ。しかし、当該コラムがアパルトヘイトを容認している様には読めないし、曽野も容認する意図は無いと明言し意図を説明している。

説明されるまでも無く読めば分かるし、常識的に考えてアパルトヘイトを容認するわけがないし、産経新聞がその様なコラムを掲載するわけも無い。それなのに、国語力が無く願望を事実と信じたいサヨクメディア共は、曽野に濡れ衣を着せ盛大に叩いた。

これだけでも許し難いのに、根拠も示さず「曽野に対する批判報道が少ない」と主張し、「もっと批判せよ」と煽り、新たに「妖怪」のレッテルを貼り、個人弾圧することこそ差別解消と正当化するとは、報道機関にあるまじき言語道断の偏向報道である。

何が差別か。朝日も斎藤も、単に安倍総理に近い価値観の人間を貶めたいだけだろうが。だいたい、「キャラの立った高齢妖怪」はお前らクソリベの方が万倍も多い。なのに、サヨク高齢妖怪を批判するのはネットと産経くらいなものだ。これも差別か?。

今回の朝日新聞のコラムは心底許し難い。

当該コラムは後に掲載するが、web版の有料記事は冒頭部分しか読めない。こういう時のために、no-risuは朝日新聞を購読しているのだ。コラムを掲載した朝日、書いた斎藤、これを批判しないのは差別であろう。ヘイトに満ちた全文を晒しあげてやる。




朝日:(表現のまわりで)差別発言、キャラで免責 寄稿・斎藤環
http://www.asahi.com/articles/DA3S11617257.html
 日本の言論界を妖怪が徘徊(はいかい)している。「キャラの立った高齢者」という妖怪が。

 いきなり何事かと思われたかも知れないが、とりあえず曽野綾子氏は間違っている。彼女が2月11日付産経新聞に記したアパルトヘイト容認コラムのことだ。彼女はこう書いたのだ。

 「南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住むほうがいい、と思うようになった」と。

 彼女はその後のインタビューなどにおいても「差別ではなく区別」などと弁明しているようだが、これが差別主義者の常套句であることは論をまたない。よって、その間違いぶりの検証はここでは控える。むしろ残念だったのは、この発言へのまともな批判が、おおむね海外発だったことだ。

 日本ではこのコラムがツイッター上で「炎上」したが、日本のマスメディアはすぐ報じなかった。まず記事にしたメディアは2月12日付の「ジャパンタイムズ」、ついで「ニューヨーク・タイムズ」「ウォールストリート・ジャーナル」などの大手紙が追随し、2月13日には南アフリカ大使が産経新聞に抗議する事態にまで発展した。

 しかし、その後朝日新聞の取材に曽野氏は「ツイッターで興奮する人々」「安倍総理のアドヴァイザーだったことはない」「チャイナタウンはいいものだ」等のとぼけた反応を返すばかりだった。

 なぜ日本のマスメディアはすぐに反応しなかったのか。これも現政権による言論統制の成果なのか。おそらくそうではない。今回のコラムは「あの曽野綾子氏」が、いかにも「あの産経新聞」に書きそうな内容だった。

 つまり「平常運転」なのでニュースバリューはなかった。もし曽野氏が「格差解消のために累進課税の導入を」などと発言したら一大ニュースだ。人が犬を噛んだらニュースになる、とはそういうことだ。

 曽野綾子氏は自他共に許す保守論客だ。しかも、たいへんキャラの立った言論人だ。過去にも「性犯罪に遭った被害者にも落ち度がある」「(震災直後に)放射線の強いところには高齢者を行かせよ」などの語録が知られており、まともな言論人なら、たとえ思っていても口に出せない「ホンネ」を代弁してくれる貴重な存在である。

 ついでに言えば保守論壇には、曽野氏に限らず、けっこう「濃いキャラ」の論客が多い印象がある。そして、ここに陥穽があるのだ。

 私たちは世界にまれなキャラ文化の住民だ。キャラの立った保守論客のトンデモ発言すらも、「ああいうキャラだからしょうがない」と笑い、「ツッコむだけ野暮」と免責する程度には寛大だ。

 しかしこれは、「立ったキャラ」の言動については責任能力を問わない、という意味で差別であり、キャラの人権の否定に他ならない。保守論壇人といえども人権は尊重されなければならない。

 私は曽野氏の人権回復のためにも、メディアが彼女をキャラとして差別し消費することに、強く反対するものである。







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コメント

万国のプロレタリアートよ、団結せよ!

労働、平等がテーマの話題に使うには、少々意味深な文句です。
しかし、私の乏しい知能では、どう解釈しても意図がわかりません。
まさか「キャラの立った高齢者」の旗を掲げて運動を起こすつもりではないでしょう。
現実を綴った曽野氏に対し、理想論を追求するという宣言でしょうか。
でも、結局うまくいかなかったんですよね。
持論の欠陥を仄めかしている?
いやいや、そんな馬鹿な。


ところで、
http://book.asahi.com/reviews/column/2013101600003.html
この方は「キャラ」にこだわりますね。
「反対する」などと言いながら、自分が一番固執する。
サヨクあるあるですね。
  1. 2015-02-26 04:44
  2. URL
  3. ciel #-
  4. 編集

三流

濃い(主張の強引な)キャラの「識者」を引っ張り出して曽野さんを攻撃する「朝日」。余裕のないのは三流新聞になりそうな危機感でしょうか。
  1. 2015-02-26 18:56
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

To cielさん

こんばんは。

彼が「キャラ」のレッテルを貼るのは、全て自分の主義主張と相反する人々ですよね。そこがポイントだろうと思います。

つまり、キャラが立っているのではなくて、彼から見て目障りあるいは鼻につく人々に、キャラのレッテルを貼り批判正当化の根拠に用いているわけですね。

これは斎藤に限らない話で、仰る通り「サヨクあるある」です。つくづくサヨクはクズですね。

  1. 2015-02-26 21:56
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

To 相模さん

こんばんは。

朝日の購読部数は激減しているらしいので、そりゃ余裕は無いでしょうね(笑)。ただ、朝日新聞は三流ではなく一流だと思いますよ。

論調はカスですが、その質、情報量や文章や紙面構成など、クオリティーペーパーの名に恥じないと思います。肩を並べられるのは読売位なものです。

だからこそ、偏向報道を垂れ流す朝日の姿勢は許し難い。これが更生してくれたら、メディアは劇的に変化すると思うんですよね。難しい希望ですけど。

  1. 2015-02-26 22:01
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

どこか狂っているのでは

人が何かを主張したり考え方を表現したことに賛同したり拒絶したりするもは両者とも言論表現の自由であり何ら問題ないと思います。

現代は色々な人がブログで意見を発信するのも表現の自由でありその内容に賛同できればお気に入りにして愛読すれば良いし、気に入らなければ読まなければ良いと思います。
いや、自分と相容れない意見がどのような思考回路で作られるのかを理解するのも表現の自由というか受容の自由と思います。

ですが世間的に立派な立場といわれる人が、影響力のある人が公器である新聞やテレビとかで一方通行の批判をすることはちょっと違うような気がします。

特に新聞などは我々は幼いころより絶対的に正しい記事を書いていると信じて読むことが多いと思います。

それが事実でないことをさも事実のように、自分に都合の良い断片的な情報を編集して批判すれば読者は誤った受け方をしてしまうものです。

今回の曽野綾子さんの文章に違和感を感じたり賛同したりするのも読者が判断すれば良い事と思いますが、それを誤りと断定するだけでなく批判攻撃するのはどこか狂っているのではと思わざるを得ないですね。

これは表現の自由を超えてISILと同じような言論のテロ行為と思います。
精神科医の斎藤環という人は先ず、自分の精神構造が正しいのか誤っているのかを冷静に診断すべきではないでしょうか。

ま、そういう主張を載せる新聞社も同じような精神構造だから臆面も無く掲載するのでしょうから。
  1. 2015-02-27 08:00
  2. URL
  3. そうかせんべい #-
  4. 編集

To そうかせんべいさん

こんばんは。

よく偏向報道とか両論併記の欠如とかマスコミの問題点を書きますけど、今回のコラムはもうそういったレベルではなくて、およそ報道情報として不適切としか言いようが無い最低最悪のヘイトコラムでした。

政治家じゃあるまいに、公器で曽野さんへの個人弾圧とか、常識的に考えてありえませんよね。でも、朝日新聞はこの程度のことも、誰かに言われなければ理解できないのかもしれません。言われたら逆切れしそうな気がもしますが。

また、斎藤とかいう精神科医も胡散臭いですよね。自分と異なる価値観を持つ人間を平気で踏み躙る人間が、他人の精神を癒せるなんて信じられませんよ。似非なんじゃないかと疑います。いや、似非でしょうね。そうに違いない。

  1. 2015-02-27 22:40
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

左翼の人権思想

 全文を読んで呆れましたが、ただ1ついえることは、これほどまでに見事に左翼の人権意識が表れている文章もないですね。正確に言えば「平等意識」というべきでしょうかね。no-risuさんが仰るとおり「個人的主観に合致しなければ差別、……、差別解消という大義名分を掲げた個人弾圧の正当化」でもあるのですが、このコラムで糾弾対象となっているのは曽野氏だけではなくて批判を加えない一般の読者もなのです。ということは、「(左翼の主観にもとづいた)平等のためなら(左翼の主観によれば)差別されている(とされる)人のために関係のない人間にそのための作為を強制してもよい」という、「自由・平等への強制」というトンでもない思想が見え隠れしているということです。
 このような左翼の自由・平等観は、関係のない市井の人間を左翼の都合の良いように動かしてもよいという、はっきり言えば自由の敵でしかないのです。理想の社会が実現されるなら市民になんでも強制してよいというのは、これこそが独裁者の発想ですから、朝日新聞の発想たるや何かというものを窺い知るには都合のいい文章ではあります。
  1. 2015-02-28 11:07
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  3. 凍え馬 #-
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To 凍え馬さん

こんばんは。

そうですね、一般読者にも批判の声を上げてほしいと思っているでしょうね。わざわざ新聞に寄稿してくるくらいですから、強烈な願望に違いありません。

「自由・平等への強制」、他にも民主主義の強制とか平和の強制とか、サヨクは平気で矛盾した主張や行動をするものです。仰る通りサヨクは自由の敵で、さらに言えば平和・民主主義・平等などに対しても敵で、日本人に対しても敵です。

たぶん、この世にサヨクの味方なんて居ないんじゃないですかね。仲間同士でもすぐに内ゲバ起こしますし(笑)。

  1. 2015-02-28 19:16
  2. URL
  3. no-risu #-
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