2015-04-30 20:32

低投票率は必ずしも悪いことばかりではない


4月に行われた統一地方選の結果、平均投票率は45%で過去最低を更新したそうだ。マスコミ各社はこれを問題視し、もっと投票率を上げる対策を講じるべきだと報じていた。しかし、投票率が低いことはそんなに悪いことなのだろうか?。

投票率が低い理由を説明するとき、マスコミらはネガティブな要因にばかり注目する。「どうせ投票しても変わらない」とか、「投票したい候補がいない」とか、「政治に興味が無い」とか、そんな耳にタコな要因を並べて嘆く。

確かにそういった要因はあるだろうし、これらは不健全で改善を求めるべきなのかもしれない。でも、有権者が投票しない理由は他にもあるだろう。また、見方によってはネガティブな要因もポジティブに理解出来る部分も大きいはずだ。

例えば、「どうせ投票しても変わらない」との意見一つとっても、この母集団には様々な意見の人が含まれている。マスコミが注目し嘆くのは、この中でも「変えたいと思っているが、もう諦めてしまっている」といった政治に絶望する人々だ。

しかし、中には「自分が投票するまでもなく意中の候補は当選確実」だから投票しない人もいるだろうし、とりあえず現状維持が次善の策にして最良だから投票しなかった人もいるだろう。政治に絶望する人は、本気で政治を考える人だけだ。

普通に考えて、本気で政治に向き合う人は少ない。「投票したい候補がいない」と言う棄権者の内、各候補の政策や実績を検討して棄権した人はどれほどいるだろうか。大半は、単に政治的無関心の言い訳を述べたにすぎないのではないか。

そして、政治への無関心は本当に悪いことばかりなのだろうか。

一般的に、民主主義国家の投票率は社会が不安定なほど高く、社会が安定し人々の満足度が高くなれば低くなる。過去最低の低投票率とは、「現状の変化を求めるほど困っていない人が、過去最高に多いから」、とも考えられる。

政治的無関心の増加は、政治に無関心でいられるほど生活が安定している人が増えたとも言えるわけだ。もし人々が本当に現状に不満を持てば、与党の政策に危機感をを抱けば、マスコミやお役所が呼びかけなくても勝手に投票するだろう。

個人的には、投票率はもっと高くなって欲しいと思う。投票率が低くなりすぎると、共産党や公明党など組織票を有するカルト政党が勢いを増す。しかし、低投票率が悪いことばかりだとは思わない。

人々が政治に無関心でいられる社会は幸福だ。no-risuみたく政治ブログを書いていると、腹立たしいニュースばかり目にすることになる。これこそ不健全な生活だ。

政治になんて目を向けず、もっと楽しいことを考え、もっと美しいものを見て、新聞より小説を読み、ニュース番組より映画を観て、デモ活動より観光旅行をした方が人生は有意義だ。低投票率社会、政治無関心社会、決して悪いことばかりじゃないと思う。




東京:投票率50%割れ 関東5県議選 過去最低更新
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015041302000201.html
 十二日投開票された統一地方選前半戦で、四十一道府県議選の推定平均投票率(共同通信調べ)は45・07%で、初めて50%を割り込んだ二〇一一年の前回(48・15%)を約3ポイント下回り、過去最低となった。十道県知事選も、過去最低の〇三年(52・63%)を5ポイント以上下回った。今回、四十一道府県議選の無投票当選率が21・9%と過去最悪を記録したが、投票率も全国的に下がったことで、統一地方選の危機的な状況が浮かび上がった。
 道府県議選では、北海道と岐阜を除く三十九府県議選で前回よりも投票率が低下。関東五県ではいずれも過去最低を記録した。十道県の知事選でも、投票率が前回を上回ったのは北海道と島根、大分の三道県にとどまった。
 前回の統一選は、東日本大震災発生からわずか一カ月後で、選挙活動が控えられたことが投票率低下の要因の一つとなった。しかし、震災から四年を過ぎた今回、各党や候補者のほとんどは従来のような運動を展開したにもかかわらず、投票率は全国的にさらに下落。有権者の選挙離れはさらに顕著になった。
 今月二十六日には、後半戦の市区町村長・議員選が行われる。より住民に身近になる選挙で、投票に参加しない有権者が増えると、四年に一度、地方から民意を届ける統一地方選の意義が損なわれる。各党や候補者は投票率の低下を食い止めるような政策を訴える必要がある。 (関口克己)







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