2016-01-26 20:52

萎縮?、自粛?、いいえ正常化です


テレ朝「報道ステーション」の古舘伊知郎、TBS「NEWS23」の岸井成格、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子、名物キャスターらの降板予定が相次いでいる。このことについて、東京新聞は21日、「権力圧力による萎縮と自粛だ」と社説で苦言を呈した。

国谷はよく分からないが、確かに、古館と岸井のケースは安倍自民党の働きかけが無関係とは思えない。歴代の政治家は、メディアという巨大権力に屈し、我慢と泣き寝入りを続けてきたが、安倍自民党は偏向報道に毅然と対峙し言うべきことを言う。

東京新聞は、取材もせずにキャスターらの降板を政治圧力が原因と決めつけてた。ただ、同様の見解は他の反安倍メディアからもよく聞かれる。おそらく、大っぴらにはしにくいが、取材するまでもない事実という確信や根拠やコンセンサスがあるのだろう。

では、降板に権力が影響したと仮定して、それは本当に悪いことなのだろうか。

そうは思わない。反安倍メディアが反発する理由も分かるが、no-risuから見れば正常化に他ならない。近年著しく劣化したマスコミ(特にテレビ)は、偏向報道に歯止めがかからず、権力批判は責務と自己正当化し、国民を置き去りにして暴走していた。

非常に不愉快で、ずっと苦々しく思ってきた。いいようにやられっぱなしの、不甲斐ない自民党にも苛立ちを覚えた。また、報道に不満を持つ人々からは、テレビ局やBPOに膨大な意見と苦情が寄せられたが、メディアが国民に向き合うことは無かった。

国民に事実を知らせるよりも、自分達の目的達成のために情報を利用する姿勢は不愉快で醜悪この上ない。知る権利とかよく言うよ。そして、この不健全な報道姿勢について、メディア側の自浄作用は欠片も示されなかった。自浄能力は無かった。

自ら改善出来ないのなら、国民の声を完全にシカトするのなら、もっと大きな外部の力で強引に正常化させるしかない。となれば、それが可能な権力は政治しかないだろう。物言う安倍政権は、偏向報道是正を求める国民が待ち望んだ権力だった。

東京新聞は、「まさか三人の降板が権力からの圧力や自制の結果ではないことを祈る」と書いていた。しかし、no-risuは「権力からの圧力や自制の結果であって欲しい」と思う。局や本人の都合ではなく、権力がメディアを正常化させたと信じたい。

まあ、東京新聞ら反安倍連中には理解してもらえない考え方だと思う。東京新聞社説では、最後に次の通り書かれ〆られていた。

「(メディアは)権力から離れ、自らの掲げた理想を目指し、自らの理性に従って権力を監視するのである」

ゾッとする考え方だ。

事実の伝達より自らの思想信条及びその実現を優先し、善悪倫理の基準も自分達で勝手に決める、そう言っているに等しい。これはもう、国民の知る権利を守る「報道機関」とは呼べまい。性格的には、圧力団体・政治団体・宗教団体の類いであろう。

こういうメディアの歪んだ思い上がりが蔓延する限り、それを業界が自ら是正しようと努力しない限り、no-risuはメディアに対する政治圧力を歓迎する。是正されてなお、しつこく政治介入してきたら、そのときはメディア擁護のエントリを書きたい。




東京:キャスター降板 何が起きているのか
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016012102000138.html
 NHKや民放のニュース番組で著名なキャスターらが相次いで降板すると報道されている。安全保障関連法案について厳しい立場だった人もいる。放送の世界でいったい何が起きているのだろうか。
 テレビ朝日「報道ステーション」のメーンキャスターを務める古舘伊知郎さんが降板する。同じ三月末にはTBSの「NEWS23」のアンカー岸井成格(しげただ)さんも…。NHKの「クローズアップ現代」のキャスター国谷裕子さんの降板も検討されている。
 相次ぐ降板報道が、さまざまな臆測を呼んでいる。政権に批判的だったからではという風評もある。確かに古舘さんは記者会見の場でも「キャスターは反権力の側面がある」と語った。岸井さんは安全保障関連法案に対して「廃案に向けて声を上げ続けるべきだ」と発言したこともある。国谷さんは集団的自衛権の問題で、菅義偉官房長官に鋭い質問を浴びせたことがある。まさか三人の降板が権力からの圧力や自制の結果ではないことを祈る。
 しかし、著名なキャスターの降板は、放送界が政治報道に萎縮しているのではないかという印象を与えることは間違いなかろう。
 そもそもNHK会長人事が「首相のお友達を据えた」と言われた。一昨年末の衆院選のときは、自民党が在京各局に「公平中立、公正の確保」を求める文書を出したし、昨年にも任意にせよテレビ朝日とNHKの幹部から事情聴取している。権力の動きもまた目立っているからだ。
 政治報道の番組はストレートなニュースが中心で、「解説や評論が減った」という声もある。「政治そのものが扱われなくなった」という声も聞かれる。事実ならば、自由闊達(かったつ)であるべき放送ジャーナリズムの衰退である。
 もし政権の意向を忖度(そんたく)したり、報道内容を自粛したりしているならば、放送による表現の自由を定めた放送法の理念にもとる。
 同法一条の「不偏不党」の言葉の意味は、言い換えれば「自立」か「独立」である。それを保障するのは公権力の側である。
" 「政治的に公平」という言葉も、自由であるからこそ、自律的に公平さを保ってほしいという倫理規定にほかならない。権力から離れ、自らの掲げた理想を目指し、自らの理性に従って権力を監視するのである。
 テレビが政治的に元気でないと、この国の民主主義も元気に育たない。"







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コメント

「(メディアは)権力から離れ、自らの掲げた理想を目指し、自らの理性に従って権力を監視するのである」

 放送法を完全に無視した発想ですね。

 テレビと個人ブログや党の機関紙と同一視しているのです。 テレビは中立を条件に電波の使用を許されているのです。
  1. 2016-01-27 11:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

メディアが政治権力から圧力を受けたからといって、一体それがなんだと言うのでしょう。彼らが本当に「権力を監視」しているという気概があるならば、そんな圧力などはねつければいいだけの話です。ジャーナリストであれば、政治権力から敵視されていることを誇りに思うべきです。

相手から何の干渉も受けずにチヤホヤされたい、文句も言われたくない。そんな甘い意識で「権力から離れ、自らの掲げた理想を目指し、自らの理性に従って権力を監視する」というのは、あまりにも身勝手すぎるでしょう。

権力と闘う積もりであるならば、記者やキャスターとしての生活を失う覚悟くらいは持っていただきたい。
別の「権力」で守られたテレビ番組や新聞記事などを見ても、毒にこそなれ薬にはなりませんから。
  1. 2016-01-27 12:32
  2. URL
  3. cn2100 #-
  4. 編集

To よもぎねこさん

こんばんは。

本当にブログと同一視しているのなら、ちょっとカチンときますね。
私の感覚では、報道バラエティーよりブログの方が遥かに良質ですから。

  1. 2016-01-27 23:31
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

To cn2100さん

こんばんは。

仰る通りですね。

権力から干渉されたなら、それこそ毅然と対応すればよいのです。報道魂がたぎる場面ですよね。キーキーと喚いて講義する様は、何とも惨めな小物です。情けないですね、日頃の傲慢な態度は虚像かと。

政治は別にしても、最近のメディアは守りの姿勢が強すぎます。自主規制で映画やアニメをカットしたり放送禁止にしたり、まったくしょうもないですね。

やりたいことやれば良いのに。

  1. 2016-01-27 23:37
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

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