2017-12-29 20:49

リベラルは狭量


朝日新聞が、「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞」の執筆者で文芸評論家の小川栄太郎氏と発行元の飛鳥新社を提訴した。同書は「安倍叩きが朝日の社是」「モリカケ疑惑を創作した」などと朝日をコケにする表現があり、朝日様の巨大な自尊心を傷つけたからだ。

朝日は公開質問状(と言う名の恫喝文書)を小川氏に送りつけ、「賠償金カツアゲされたくなければ謝罪しろやコラ」と脅した。しかし、小川氏は丁寧でしっかりした公開回答文書を送付し、「朝日新聞は恥を知りなさい!」と恫喝に屈せず萎縮もしない姿勢を見せた。

小川氏の反論は筋が通っており、朝日が反撃質問するのは難しそうに思えたが、引き下がるとも思えず、必死の反論を心待ちにしていた。だが反論は無かった。朝日新聞は早々に言論対決を放棄し、謝罪広告と5千万円の賠償を求めて訴訟を起こしたのだ。

一連の流れを見て驚くのは、問題発生から訴訟までの期間の短さだ。同書の出版は10月、恫喝質問文書の送付が11月下旬、小川氏の理路整然とした回答文書が12月上旬、そして二度目の言論対決をすることはなく、12月25日には訴訟となった。

これだけでも十分早いが、訴訟をするには事前の準備が必要だから、朝日新聞はかなり早い段階で訴訟の決断をしていたことになる。回答文書を受け取った12月上旬に決断したか、あるいは最初から大企業パワーで叩きつぶす予定だったのだろう。

言論対決に敗れた大新聞社が、個人に対して数千万円の賠償金を突きつけ訴訟を起こすとか、朝日新聞の狭量、忍耐力の欠如にはホトホト呆れる。完全に悪役の行動で、逆恨みした大企業による個人圧殺、力による言論弾圧そのものではないか。

朝日は、よく中国や米国に対して「大国としての振る舞い」を求めるが、自分こそ「大企業てしての振る舞い」を身につけるべきだ。北朝鮮に対しては核実験してもなお「対話で解決すべき」と主張するくせに、自分は早々に対話を放棄して恥ずかしくないのかね。

朝日新聞に限らず、ヒダリの人種は総じて狭量で忍耐力も低い。

説明責任を叫ぶ議員や記者が自分への取材を拒否したり、対話を求めながら基地返還式典には欠席したり、小池の排除を批判しながら立民の選別には口を閉ざしたり、自民議員の不倫には辞職を求め民進党議員なら不問にしたりと、感情的に行動する人間が目立つ。

なぜ、リベラルこういう特徴を示すかというと、とどのつまり彼らは自己中心的な人間だからだ。自己中心的だから、リベラルに染まり、他人に厳しく、自分には甘く、我慢ができず、排他的になり、攻撃的にもなる。そんな自分が否定されることを許せない。

朝日らリベラルの諸君、もう少し他人や世界に寛容になりたまえ。自己主張やヒステリーやデモ行進や訴訟にまみれた人生なんて、ちっとも面白くないでしょ?。もっと楽~に生きなよ。




産経:森友・加計「虚報と決めつけ」 朝日新聞が検証本著者の小川栄太郎氏を提訴
http://www.sankei.com/affairs/news/171225/afr1712250051-n1.html
" 森友、加計学園問題をめぐる報道を「虚報」と決めつける書籍を出版され、名誉を傷つけられたとして、朝日新聞社は25日、執筆者で文芸評論家の小川栄太郎氏と発行元の飛鳥新社(東京)を相手取り、謝罪広告の掲載と計5千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 書籍は10月に出た「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」。
 訴状によると、書籍は森友、加計学園問題の朝日新聞報道について「安倍(首相)の関与などないことを知りながらひたすら『安倍叩(たた)き』のみを目的として、疑惑を『創作』した」などと記載している。
 朝日新聞は「本社には一切取材もないまま、根拠もなく、虚報、捏造(ねつぞう)、報道犯罪などと決めつけている。事実に反した誹謗(ひぼう)中傷による名誉毀損(きそん)の程度はあまりにひどく、言論の自由の限度を超えている」とのコメントを出した。
 小川氏は全面的に争う姿勢を見せた上で、「言論機関が個人に対し、好意的でない文章を出したからと提訴するのは事実上の言論弾圧だ。朝日新聞の世論に対する影響力は高く、力の行使については政治権力と同じようなおもんばかりがなければならない。言論機関は言論の場で白黒つけるべきだ」と話している。小川氏は今月、正論新風賞に選ばれている。"





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コメント

今年はこれが最後の更新になります、例によって帰省するためです。堕落の限りを尽くしてまいります。

それでは皆様、良いお年を!。
  1. 2017-12-29 20:51
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  3. no-risu #-
  4. 編集

突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているさくらといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^
  1. 2017-12-29 20:59
  2. URL
  3. さくら #-
  4. 編集

To さくらさん

こんばんは。

失礼ですが、MPっぽく見えるので相互は遠慮いたします。
そちらがリンクするだけなら、どうぞご自由にしてください。
  1. 2017-12-29 21:06
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

ヒダリ族は訴訟大好きですね。

訴訟と言うのは、結局国家権力を借りて相手を懲罰しようと言う事です。

ところが反国家主義、反体制を煽るヒダリ族に限って、直ぐに訴訟を言いだして国家権力に寄りかかって自分達の主張を通そうとするのです。

これを見ていると彼等の「反体制」「反国家主義」と言うのは、つまりは彼等の権勢欲の発露だとしか思えません。
  1. 2017-12-30 12:42
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

To よもぎねこさん

あけましておめでとうございます、返信遅くなり申し訳ありません。

ご指摘の通り、彼らは反権力を掲げながら権力にすり寄りますね。
おそらく、他人が行使する権力は悪で、自分が行使する権力は権利なのでしょう。

したがって、権利を求めることは、すなわち権力を求めるかたちになるわけですね。
自覚はしていないでしょうけど。
  1. 2018-01-05 19:37
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

本来ありえない筈なのに……?

長文失礼致します。

no-risuさん、何か勘違いしていませんか? 彼らは戦後左翼ではあっても、リベラルではありません。
何故なら諸外国で言うリベラルとは「自由主義」の事を意味し、リベラル派と言うのは「他人の意見に寛大な人々」の事を意味するからです。
私の経験からして……と言うより恐らくは全員が同意見だと思いますが、彼らが異なる意見に寛大だった試しなどごくごく稀です。
確かに彼らは異なる意見を持つ新聞やサイトも積極的にチェックしているかもしれません。 しかし、それを見た感想が「ナチス」とか「ネトウヨ」とか、話にならないものばかりなように 彼らは異なる意見を観察したり罵倒したりは出来ても、冷静に分析したり一部を取り入れたりは出来ないようです。要するに相手が極右(笑)だと分かると頭が止まる訳です。
体験談ですが私の担任教師はリベラル派と呼ばれている反安倍で、モリカケ問題を重要視しています。
ある日自分が「加戸前知事の質疑を見れば真実が分かる」と指摘すると、彼女は「でも彼は安倍シンパでしょ?」と返してきました。
視点が広くても本人が毒されていると無意味というのがよく分かりましたね。

朝日新聞ら自称リベラル派はテロ等準備罪が採決される時「言論が萎縮する」、「安倍政権による言論弾圧」等の主張を繰り返していました。 その主張が穴だらけなのは一旦置いといて、一見すると自由な言論を守ろうとする「リベラル派」らしい行動と言えます。
しかしながら彼らは、保守系言論人の講演会を妨害してその妨害活動を擁護したり 保守派や右派というだけで一切接触がなくてもTwitterをブロックしたりと、自由な言論を推進しているとはとても思えない行動も目立ちます。 小川榮太郎さんと朝日新聞の件もこれにあたりますね。

「人のふり見て我がふり直せ」という有名なことわざがあります。 他人の行いを見て、良い所は見習ったり取り入れたりして、悪い所は改めたり気をつけたりするといった趣旨で「主体性を固持しながらも、他人と徳を持って協調する」という日本人の和の心を体現したものといってもいい内容です。 そして、様々な意見に寛大なことによって様々な意見に触れる機会があるリベラル派こそこのことわざを最大限に活かせると言えそうです。
しかし彼らにこの価値観は相入れませんね。 相入れていたら所謂「ブーメラン」がお家芸になるなんて現象あり得るはずがありませんから。

以上の事を見ても、「論的にレッテルを貼る」、「自分の言論は守り相手の言論は弾圧する」、「視野が広いくせにブーメランを連投する」等々…………意見に寛大でも無ければ多様な意見を集約できる立場なのにそれを活かせてもいない。 こんな方々がリベラル派に当てはまるなど噴飯物でしょう。
ジャーナリストの池上彰氏曰く、「リベラルとは左翼と呼ばれたくない人たちの自称」。 言い得て妙です。
リベラルとは自由主義を指す言葉だったのにそれがよりにもよって 多様性もへったくれもない戦後左翼に利用されいつしか左派の呼称と化してしまいました。 だから本来の意味ならば「リベラル」が狭量なんてあり得ない筈なんです。
ありえないものが何故今ありえてしまうのか。 それは彼ら戦後左翼がリベラルの名を悪用し、本性をひた隠している事の現れであると、自分は思います。




余談ですが、ネットには「リベラル保守」とかいう訳の分からない肩書きを名乗っている輩がいるそうです。
自由主義という聞こえの良さも、彼らが好んで利用する所以かもしれませんね。
  1. 2018-01-06 10:39
  2. URL
  3. 616 #-
  4. 編集

To 616さん

こんばんは。

勘違いしているのは616さんです(笑)。

日本において、リベラルや左翼や保守などが本来と異なる意味で用いられていることくらい、私は百も承知ですよ。日本のそれはガラパゴス化しており、そういうことはこのブログでも過去に何度となく指摘していますし、しばしばリベラルの前に「いわゆる」と付け足したりもしています。

現状、いわゆる「保守」とは「現実主義」、いわゆる「リベラル」等は「理想(≒妄想)主義」と理解すれば分かりやすいと思います。

>視点が広くても本人が毒されていると無意味というのがよく分かりましたね

視野が広いのに本人が毒されたのではなく、単に視野の狭い人物としか思えませんが・・・。

>余談ですが、ネットには「リベラル保守」とかいう訳の分からない肩書きを名乗っている輩がいるそうです

ネットじゃなくて、立憲民主党の枝野らが自負・自称し広めているのですよ。
  1. 2018-01-07 19:24
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  3. no-risu #-
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