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2018-04-09 20:37

「心の優劣」は存在する


道徳の教科化に反対する人々は、よく「心の優劣をつけることに懸念する」と主張する。憲法で保障された思想・良心・内心の自由に反するし、「そもそも人の心に優劣など存在しない、多様な心はどれも尊重されるべき」と考えているからだ。

言っていることは理解できるが、よくよく考えてみればおかしな話で、論理的には明らかに破綻している。「理解できている」とは、あくまで感情論的な理解であり、要は「それが人として正しいのだ!」と教え込まれてきたからにすぎない。

人の心が脳に依存する以上、優劣は必然的に生じる。生まれつきある脳自体の性能、計算能力、記憶能力、脳の成長過程等、心の生成要因には個人差がある。「多様性であり優劣ではない!」と反論する人もいるだろうが、そりゃ詭弁だろう。

確かに、何をもって心の優劣を判断するかは難しい。ただし、難しいのは総合評価であって、特定の項目ならそれほど理解に苦しまないと思う。また、実は我々は日常的に心の優劣を判定しているはずだ。たとえば「心の強さ」はどうか。

何か辛い出来事に直面したとき、我慢できる人や何クソと奮起できる人もいれば、心が折れて自暴自棄になったり鬱病になる人もいる。最悪、自ら命を絶つ人もいるだろう。心の強さを評価すれば、奮起する人は優性で、自殺する人は劣性だ。

こういった心のストレス耐性について、通常は「心の優劣」などとは呼ばない。「精神力の強さ」とか「根性の有る無し」などと表現する。でも、それは言い換えているだけで、本質的には同じ意味だろう。

もっとシンプルに考えることもできる。「良い人」は皆に好かれるが、「悪い人」は距離を置かれる。猫を愛でる人と、猫を虐待し撮影してYoutubeにアップする人がいれば、我々は前者を肯定し後者を否定する。当たり前の話だ。

反対しているリベラルの皆様に問いたい。「心の優劣をつけること」に懸念する必要が本当にあるのか。

我々は、日常的に、良く言えば自由な個人的価値観で、悪く言えば無秩序かつ自分勝手な判断で、他人の人間性・心を評価している。しかし、ほとんどの場合、自分が他人を評価するだけで、自分はどう評価されているのかは知らない。

そして、自分がどのような心の持ち主か、自分で客観的に考えることもあまりないだろう。これらについて、考えること、知ることはどうなのか?。そこに義務教育が関与する是非は?そもそも、君らは「心の優劣」の存在を認めるのか?。

道徳科目化問題を抜きにして、是非とも答えを聞いてみたいものだ。



朝日:(社説)道徳の教科化 矛盾の色ますます濃く
https://www.asahi.com/articles/DA3S13441848.html?ref=editorial_backnumber
" 小学校ではこの春から、中学校でも来春から、道徳が「教科」になる。検定教科書を使うことが義務づけられ、教員による評価も始まる。
 朝日新聞の社説は一貫して教科化に疑念を示してきた。最近の動きを見ると、その思いはいよいよ強い。
 文部科学省は、価値観の押しつけではなく「考え、議論する道徳」をめざすという。趣旨は理解できる。しかし、それは子の成長や地域の実情を踏まえた独自の教材と、授業の工夫で十分できるはずだ。いや、多面的・多角的なものの見方を養うという目標に照らせば、その方がずっと理にかなう。
 指導要領は「礼儀」「節度・節制」など約20の徳目を定めていて、教科書はすべてを取りあげなければならない。昨春の小学校用の検定では、「伝統文化の尊重や郷土愛」の要素が足りないと指摘された出版社が、物語に出てくるパン屋を和菓子屋に変えた。しゃくし定規ぶりに多くの人が驚き、あきれた。
 細かな条件を満たさないと国がOKしないのでは、創意も面白みも損なわれる。そんな教科書で「考え、議論する道徳」はどこまで実践されるだろうか。
 もうひとつの柱である評価も大きな問題をはらむ。
 心に優劣をつけることになるとの懸念を受け、文科省は他の教科のような数値ではなく、教師による記述式を採ることにした。他の生徒との比較や、徳目ごとの評価もしないという。
 しかし、先月末に検定を通った中学の教科書には、決められた徳目ごとに1~4などの段階で、生徒に自己評価させる欄を設けたものが目につく。また、出版社や各地の教育委員会は、教員向けに評価の文例集をせっせと作っている。
 人の心の内には、教師でも軽々に足を踏みいれるべきではなく、だからこそ内面の成長や変化を読み取ることは難しい。評価をせざるをえなくなった現場のとまどいと混乱が、こうした動きに表れている。
 そもそも道徳の教科化は、いじめ問題が理由とされた。多くの者が同調するからいじめは起きる。なびかぬ強さを培う授業が大切なのに、成績がつくとなればそれを気にして、先生が望む「答え」を推し量る気分が児童生徒に広がりかねない。
 教科書の使い勝手はどうか。評価は子にどんな影響を与えているか。真に成長を手助けする授業になっているか――。
 教員や父母らの声を聞いて問題点を探り、現場に即した見直しを柔軟に進める必要がある。"




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コメント

難しいです

貧しい女が神殿に僅かばかりの寄進をしたとき、イエスはあの女は豊かな捧げものをしたと喜んだエピソードが聖書にあったと記憶します。これは優劣の優。

一方、大金を持ちながら寄進の気もなく、貧しい者への施しの気のない者もいるでしょう。これは優劣の劣。

心の優劣はそれを見る人、社会が評価する事ではないかと思います。
(神から見た絶対評価はあると思いますが、それを言うとめんどくさい人々が反対する。あれは矛盾だ、これは矛盾だと)

心の優劣は存在します。しかしそれが存在するためには人々が「存在する」と認め合うコンセンサスがないと成り立たない。めんどくさい神学論争になる間は社会に心の優劣は(公には)根付かないのではないかと心配します。

早い話「人は人を殺して何が悪いのか?」という中学生の問いをどう答えるかに似ています。私の答えは「日本ではならぬものはならぬ」で議論の先を拒否するしかないと思う事です。


  1. 2018-04-10 07:20
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

こんにちは。
多様な考え方、価値観の尊重と言いますが子供は白地のキャンパスな様なものです。
人が共存共栄して生活するための最低限ルール、土台を子供たちに教えることがなぜいけないのかわかりません。
その土台の上に多様な考え方、価値観を育めばよいのです。
どうも左の人たちは価値観を押し付けられること(られるように見えること)に対して過剰な反応をし過ぎているような気がします。
でも自分たちは多様な考え方、価値観を持っている大人たちに対しては差別、ヘイト等と喚き、価値観の押し付けを強要しているのですから不思議です。
  1. 2018-04-10 08:11
  2. URL
  3. kazusa #-
  4. 編集

To 相模さん

こんばんは。

コンセンサスは必要でしょうね。
ちょっと考えただけでも、それを構成させるのは難しいと思われます。

ですが、そうしようとしないかぎり、コンセンサスは生まれません。

この分野はほぼ未開と言えます。
心に優劣などない、優劣を決めるべきではない、という教育や先入観が発展を阻んできました。

私は、一歩踏み込んでも良いのではないか、と思うところです。
  1. 2018-04-10 22:08
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

To kazusaさん

こんばんは。

その通りだと思います。

土台とは基本ですね、基本がなければ応用も発展も難しい。
応用出来て発展出来て、多様な価値観が生まれる。

反対している人々の反応は、成長されては困るかの様ですらあります。
多様性に欠けてますよね。「多様性を大切にしろ」と言っているくせに。
  1. 2018-04-10 22:12
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

たしかに何が道徳的に正しくて、何が正しくないかは相対的なもので、時代や文化によって違います。しかし裏を返せば、現代の日本で暮らすなら、守るべき日本のルールやマナーが、間違いなくあるという事です。

世界には、規則・約束・時間を守らない事、嘘をつく事、ズルをする事などを、あまり悪い事とは考えない文化もあります。しかし日本の文化はそうじゃないですよね。
朝日新聞の好きな「外国人と共生する社会」を目指すなら、最近増えている外国人の児童や生徒にこそ、学校で日本的な価値観や倫理観を教えなければダメでしょう。

それとも朝日新聞や地球市民のみなさんは、外国人も日本人と変わらない価値観や倫理観を持っていると思ってるんでしょうか?それこそ多様性への理解が足りないような気がしますけど。
  1. 2018-04-11 21:45
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

To かんぱちさん

こんばんは。

朝日新聞や地球市民の皆さんは、「外国人も日本人と変わらない価値観や倫理観を持っている」とは思っていないでしょうね。「自分と変わらない価値観や倫理観を持っている」と考えているはずです。だって、「自分の正義や理想こそ人々の共通の価値観」と信じて疑ってませんから。

で、多様性とは彼らの価値観という名のコップの中でのみ許される多様性なんですよね。

要するに、仰る通り、連中には多様性への理解や寛容の精神なんてこれっぽっちも無いのです。
  1. 2018-04-12 20:49
  2. URL
  3. no-risu #-
  4. 編集

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